第58話 M&A

「うわっ! マジか……」


MoGeの上場初日、初値を確認した景隆は思わず声を上げた。

MoGeの初値は公募価格を上回り、公募価格から1.5倍を付けていた。

景隆は日中はデルタファイブで働いているが、今日ばかりは株価が気になって仕方がなかった。


***


「思ったより資金が増えそうだが、どう使うのが正解なんだ?」

マンスリーマンションの一室で、景隆が柊に尋ねた。


MoGeの株価は初値よりさらに上昇したため、現在では出資した金額から5倍ほどになっている。

しかも、ゲームの新作発表などが控えているため、株価はさらに上昇する可能性がある。


翔動が所有しているMoGeの株式は、業務提携をしていることもあり、一部は売却せずに残しておく予定だ。


翔動の収入源の一つは、霧島カレッジが使っているeラーニング『グロウ』のサポート費用だ。

システム開発として受注した分はすでに検収を終えており、売上として計上されている。


もう一つの収入源は資産運用だ。

為替の自動売買は小銭を稼いでいる程度だが、商品先物が引き続き好調で、景隆が一人で運用していることから利益率が非常に高い。


MoGeに対して行っている位置情報のAPIサービスは開発中であり、売上が立つのはまだ先だ。


「人材確保だ」

柊は即答した。


「うーん……今で十分じゃないか?」

位置情報APIの開発でアルバイトを雇っているが、柊と新田がうまくプロジェクトを管理しているため、最低限の人材で順調に開発が進んでいる。


「ユニケーションのサービスが始まるだろ?」

「あぁ、けど開発は問題なく進んでいるよな?」


翔動の新サービス、『ユニケーション』はeラーニングを提供するサービスだ。

グロウで使われているLMSを元にしてるため、開発コストはほとんどかかっていない。


「サービス開始のタイミングで映画のコラボ企画などをやったら、ユーザーが一気に増えるだろ?

そうすると必然的に問い合わせが増えることになる」

「あぁ、なるほど! システムのほうは新田が千人力でなんとかできるかもしれないけど、サポートはどんなに優秀な人がいても回せないか」


「そう、サポート用の人材をどうするか、今のうちに考えておく必要があるんだ」

「アルバイトを増やすのか?」


「それも一つの手なんだが、どんだけユーザー増えるかわからないよな?

そうすると、雇いすぎたり足りなくなったりするリスクがある」

「確かに……でも、予想ができない以上、これは難しいんじゃないか?」


景隆は「うーん……」と頭を抱えた。

柊が示した課題は、かなりな難問だ。

資金に余裕ができたとはいえ、余剰な人材を抱えるのはリスクが高い。

逆にサポート人員が足りないと悪評が立ってしまい、サービスの継続性に大きな影響が出る。


「なので、人材派遣会社を買収する」

「ほおぉえぇっ!?」


景隆は思わず変な声が出るほど驚いた。


「アルバイトを直接雇うのとは何が違うんだ?」

「人材派遣会社は派遣登録している人材がいるだろ? いわば待機要員だ」


「なるほど! 必要なときに必要な分をすぐに調達できるのか!」

「しかも、会社のオーナーになってしまえば、他所の会社で働いている人材をこっちに強引に回すこともできる」

「お前、すげぇな!」


景隆はようやく柊の狙いを理解した。

この先の状況を考えると、派遣会社を保有していることの利点は大きい。

新たに派遣会社を作ることはハードルがかなり高いが、買収してしまえばあっという間だ。

景隆にはまったく思いつきもしないアイデアで、感心するしかなかった。

(柊はどんな人生を歩んできたんだ……?)


「企業って何億も積まないと買えないんじゃないのか?」

「小規模な事業者なら、家や車くらいの価格で買えるぞ。

債務超過の企業なら、さらに安く買えるが、この場合は要注意だ」


景隆は自社のオフィスすら用意していない、できたばかりの会社が企業買収をするとは夢にも思わなかった。


「でも、買収のアテはあるのか?」

「ああ、あるぞ」


柊はまたも即答した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る