第20話 コンペ

「石動、報告書はどうなっているんだ」

江鳩えばとは景隆に対して不遜に言った。


江鳩は景隆が所属するアストラルテレコムを担当するチームのマネージャーだ。


景隆はアストラルテレコムのサーバーで発生したカーネルパニックについて、最終報告書を完成させたところだった。

鷺沼や鷹山らの協力もあり、要求が厳しいと定評のあるアストラルテレコムの明石を十分に納得させる内容になった。


「印刷した報告書です」

景隆は報告書を江鳩に渡した。


「ふーん……まあまあだな」

江鳩は尊大に言った。


(お前何もしてねーじゃねぇか!)

景隆は内心穏やかではなかったが、顔には出さないようにした。


顧客の前面には景隆と白鳥、調査などの後方支援として鷺沼と鷹山ががんばっていた。

四名は徹夜して原因を突き止めていたが、調査は難航していた。

その間、江鳩は別の案件があると言って全く顔を出さなかった。


***


「話を聞くだけで殴りたくなるわね」

新田は苦虫を噛み潰すような顔をして言った。

普段から目つきが鋭く怖い印象を与える新田だが、今はさらに怖い顔をしていた。


柊と新田は、居酒屋で景隆の愚痴を聞いていた。

今回は『ユニケーション』の決起会と称した飲み会だったが、前回に引き続き新田が参加してくれたのは意外だった。


『なるほど、江鳩か……』

柊は景隆にだけ聞こえるように言った。

どうやら心当たりがあるらしい。


「今回の件は『責任者を出せ』案件だったのに、これまでの報告には理由をでっちあげて一切来なかったんだよ……」

「最低なやつね」


「それで、俺と白鳥――白鳥は俺の同僚なんだけど、二人だけでひたすら怒られながら報告してたんだけど……解決したとわかった途端に江鳩が報告するって言い出したんだ」

「面の皮がシュトルムタイガー並みね。なんでそんなやつが高いポジションにいるの?」


「社内政治だけはうまいんだよ。今回も手柄がとれそうだから一番おいしいタイミングでしゃしゃり出てきたし」

「うわー、一番キライなタイプ……」


新田はドン引きしていた。


「皮肉なことに、その江鳩ってやつが報告に出てこなかったおかげで、石動と出会えたんだよなぁ」

柊は江鳩のことをよく知っているが、ここでは知らない振りをした。


「どゆこと?」

「俺と白鳥が江鳩の代わりに報告しにいったら、その場に柊がいたんだよ」

「あー、柊はアストラルテレコムの仕事もしてたんだっけ」


「仮に辞めるとしたら、最後に一花咲かせて終わりたいなー」

「え? それだけで辞めようとしてたの……?」

新田はあきれていた。

この時代は就職難ということもあり、デルタファイブに入社するのは困難だ。


『デルタイノベーションか』

景隆の発言に、柊は思い立ったことを景隆にだけわかるようにアイコンタクトした。

新田は意思疎通をしている二人を不思議そうに見つめた。


「『デルタイノベーション』っていう社内のコンペがあって、顧客に対して最も優れた提案をしたチームが表彰されるんだ。

それに出てみようかなと思っている」

「へぇ」


新田は興味津々に食いついた。

『デルタイノベーション』は社内のエンジニアが担当する顧客に対して技術的な提案をする社内コンペティションだ。

自社の製品や技術を使った提案であれば、内容に制約はない。

提案がビジネスに結びついたり、技術のレベルが高いほど評価される。


「俺は顧客側としてアシストできそうだな」

柊は別会社から出向している身だが、アストラルテレコム内のコネクションがある。

さらに、新田には言えないが、デルタファイブに勤務していた経験もある。


「面白そうね、私も技術的なことならアドバイスできるわ」

「マジで!?」

景隆は天才エンジニアと未来人、二人の最強アドバイザーが得られたことで、俄然やる気になった。


「おまえ社外秘の情報漏らすなよ」

柊は部外者にも関わらず、釘を刺した。


『あと、江鳩に引導を渡すこともできるかもしれない……石動の覚悟次第だが』

柊がこっそりと景隆に打ち明けた内容に景隆は驚いた。


「とりあえず、こんな提案を考えているんだけど――」


三名による悪巧みが始まった。

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