第11話 劣等感
「石動くん、解析結果がまとまったから共有しとくね」
「はい、ありがとうございます」
景隆は鷺沼の解析結果を報告書にまとめていた。
デルタファイブのオフィスの会議室では、アストラルテレコムのサーバーで発生したカーネルパニックについて、最終報告書を作成していた。
「いやー、石動くんの情報がなければマジでやばかったよー」
今回の問題では解析チームを主導し、自らも解析に加わっていた。
問題の究明にはパニック時に生成されたコア解析をする必要があり、鷺沼はこの解析ができる数少ないエンジニアだ。
鷺沼は一目見ただけで人を惹きつける美貌を持ちながら、その外見にあまり関心を示さない。
彼女の髪は肩までの長さで、いつもラフにまとめており、メイクも最低限だ。
景隆は、彼女のサバサバとした性格と、誰に対しても分け隔てなく接する態度に好感をもっていた。
景隆にとって鷺沼は様々な意味で憧れの存在だった。
「そもそも柊さんから得た情報なので、俺の手柄じゃないですよ」
「うーん、不思議なんだよねー、アストラルでそんな事例あったかな……?」
(ぎくっ!)
景隆が得た情報は、未来の解析結果から得たものだ。
鷺沼には情報の出所に辻褄があわないことを勘付かれてしまっているようだ。
「ひ、柊さんはアストラルの社員じゃないので、ほかの会社の事例も知ってるんじゃないですかね」
景隆は必死に話題を反らした。
「石動さん、過去の事例をまとめました」
「お、ありがとう」
(た、助かったー)
過去に同様の事例があった場合は、報告内容に説得力をもたせることができる。
デルタファイブはグローバル企業であり、データベースには世界中で発生したトラブルの対応情報が蓄積されている。
類似事例の検索には膨大な作業量が発生する。
データベースに登録されている事例は全て英語で記述されており、その文章の中身を理解する技術力も求められる。
鷹山はこのような大変な作業を率先して引き受けてくれた。
鷹山は今年入社した新人だ。
鷹山は大きな瞳と柔らかな笑顔が特徴で、人々の心を掴む愛らしい容姿を持っている。
誰に対しても愛想が良く、人懐っこい性格は社内で非常に人気が高い。
アストラルテレコムはほかの顧客に比べて苛烈な顧客であり、要求される仕事も大変なものが多いが、彼女は嫌な顔ひとつ見せずに仕事をこなしてきた。
「石動、パッチの資料もできたぞ」
「さんきゅー」
白鳥は今回の問題に対応したパッチ(修正ファイル)の内容をまとめていた。
問題の原因はCPUにあったが、事前にこれを検知できなかったことが問題視されていた。
これに対応するため、米国にある本社の開発チームにOSの修正をするためのパッチ作成を依頼していた。
白鳥は景隆と同期で、同じタイミングでアストラルテレコムの担当となった。
白鳥はアイドルと見間違うほどの端正な顔立ちをしており、ブランド物のスーツを違和感なく着こなしていた。
財閥の御曹司ということもあり、白鳥は女性社員に対する人気が絶大だが、本人はそのことを快く思っていないようだ。
白鳥によると、彼の妹は兄とは比べ物にならないほどの美少女らしい。
景隆は白鳥が妹自慢をよくすることから、シスコンではないかと疑っている。
***
「ふぅ、全然ダメだなぁ……」
報告書が一段落した景隆は、休憩室で一息ついていた。
この時代では喫煙者が多く、喫煙者は喫煙室で休憩をとるため、休憩室は閑散としていた。
「何がダメなんですか?」
「のわっ! 聞いてたの?」
いつの間にか鷹山がそばに立っていた。
彼女は「ここ、いいですか?」と言いながら景隆の隣に座った。
「俺って全然できないやつだなぁって――」
「は? 何言ってるんですか!」
鷹山が食い気味に言ってきた。
ほんのり怒っているように見える、彼女にしては珍しい表情だ。
「今回の問題だって、石動さんがいたからこんなに早く解決できたんじゃないですか!」
「それもたまたまなんだよね……鷺沼さんみたいな技術力もないし……」
技術力については、先日会った新田にも格の違いを見せつけられたところだ。
新田には経験が長い柊でも敵わないと言っていたため、景隆が将来的に技術力で彼女に追いつける可能性は限りなく低い。
将棋界では若い棋士がタイトルを独占する事例を考えると、努力では埋められない才能の差という存在を否定できないでいる。
鷺沼は技術力こそ新田に及ばないかもしれないが、特定の分野の専門性やプロジェクトマネジメントの能力など、この業界で必要とされるスキルのほとんどを持っている。
「ちょっと! 石動さんは私の目標でもあるんですから、卑下しないでくださいよ!」
鷹山はまだ怒っているようだ。
「鷹山の素質は俺以上だよ、俺が新人のときは鷹山ほど積極的になにかできたわけじゃないし」
「でも私を助けてくれたことあったじゃないですか……あのことがあったから私――いやなんでもないです」
鷹山は最後を濁したのが気になったが、景隆の愚痴はとまらなかった。
「せめて白鳥みたいなイケメンだったらなぁ」
「仕事に容姿は関係ないじゃないですか。それに……石動さんもかっこいいですよ?」
「はいはい、ありがと」
「もー、嘘じゃないのにー」
鷹山は拗ねてるような表情になった。
「すまん、容姿については失言だったな。職場で言ってはいけないことだ」
景隆は鷹山の教育係でもある。
新人教育上にも良くないことを言ってしまったことを自覚した。
「なんか、疲れてます?」
「うっ……バレてるか……最近副業を始めたんだよ」
「え? 何ですか?」
鷹山は食いついてきた。
あどけない容姿で興味津々な顔をされると何でも話してしまいそうで怖くなってきた。
(まぁ、禁止されてないし、いずれバレるだろうし、言っても問題ないか……)
「会社を作ったんだよ」
「ええぇっ!?」
「まぁ、それは話せば長くなるので、機会があったら話すけど――」
「絶対聞かせてくださいよ?」
(あれ?この子なんでこんなに興味津々なの?)
「創業者がもう一人いて、そいつの影響で会社を作ったんだけど……そいつの人脈がやたらすごくて……俺なんかが見劣りしちゃうわけですよ」
「石動さんも社内の人脈すごいじゃないですか」
「俺の場合は師匠の影響も大きいからなぁ」
「むぅーっ」
なぜか鷹山は不満げだ。
「しかし、鷹山はすごいな……こんなネガモードになった俺をなんでもかんでも肯定してくれるなんて……現像技師かよ」
景隆は鷹山に人気がある理由を実感した。
「ふふ、好きになってもいいんですよ?」
同時に罪づくりな女性であることも実感した。
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