1.嫁入りは鐘の音と共に

フクの大切な『お嬢様』は少々のんびり屋である。

「あらあら、まぁまぁ。石造りのお家なんて初めてだわ。上手にお手入れできるかしら?」

他者を拒むかのように、高くそびえ立つ、赤茶けた煉瓦造りの塀。

その塀の上に並ぶのは、禍々しく真っ黒に塗られた鉄の槍だ。

威圧感しかない塀越しに見える建物は、おびただしい蔦に包まれて、まるで廃墟だ。

うららかな日差しすら、翳って見える、そんな恐ろしげな屋敷を前に、方向性のずれた呑気な心配事を呟いてしまうような人だ。


「お、お、お嬢様、やっぱり【角なし公】にお嫁入りなんて、やめましょう!!」

フクは異様なお屋敷に大いに怯えながら、呑気なお嬢様の袖を引く。

「あらあら。フク、駄目よ?東雲しののめ家は西から溢れた鬼たちの北上を食い止める、尊い護人様たちを束ねるお家。後継ではいらっしゃらないとはいえ、実質的な鬼討伐の大将を、そのような蔑称べっしょうで呼ぶことは許されないわ。せめて西征将軍とお呼びしないと」

シーっとフクの唇に当てられた人差し指は、真っ白で柔らかい。

フクを諌めながらも、その濡れたように黒い瞳は優しく細められている。


「だって、だって!みんな言ってましたよ!!あの勇猛さは人の域を超えているって!素手で鬼の頭をちぎったりして、鬼さえも怯えて逃げ出すって!」

「まぁ、頼り甲斐のある殿方ねぇ」

まだ冷たい早春の風が、呑気なお嬢様の緩く編んだお下げを撫でる。

そのか細い猫っ毛は、彼女の性質を表しているように、自由にそれぞれが好きな方向に渦巻いていて、編まれてもなお、風に自由に踊っている。

同性のフクから見てもドキッとしてしまうような柔らかな魅力がある。


「…………このお屋敷に入った娘は、出てくる事がないという噂もあるんです」

そんなお嬢様を、巷で【角なし公】などと呼ばれ、大変恐れられている人物に嫁がせたくなくて、フクは小声で怖がらせるように囁く。

「見た目によらず、住み心地が良いのねぇ」

「住み着いたという話をしているのではありません!!」

しかしお嬢様と言ったら、この呑気さだ。

『フクが怒った』『怖い怖い』とキャッキャと笑いながら歩く姿は、無邪気そのもので、このどうしようもない状況を楽しんでいるようにしか見えない。




鬼を遠ざける事ができる結界師が病気により寿命を迎え、フクの故郷が壊滅的な被害を受けたのが三年前。

父は目の前で死に、祖父と祖母は無惨な姿で発見され、母と長男と末っ子は生死不明。

まだ全く働けない三つ年下の弟と、大怪我を負ったフクだけが取り残され、何とか取り留めた命なのに、どうやって守っていけば良いのかわからなかった中、手を差し伸べてくれたのが、お嬢様ことユウだった。

「私、仲の良い家族に憧れがあるのよ。だからフクとミツの兄弟に入れてもらおうと思って」

そううそぶいいて、彼女は二人を引き取ってくれた。


『仲の良い家族に憧れる』と言うだけあって、お嬢様の家庭は複雑で、一代限りの終身華族である雪谷家は裕福だったが、お嬢様だけ質素な離れに住んでいた。

母屋は継母と異母妹の干渉があるから、ここが気楽なのだと、お嬢様は穏やかに過ごしていたが、その内情を知れば知るほど、フクは憤った。


お嬢様は家の為、毎日算盤そろばんを弾き、書類を作り、荷の確認をして、官庁にも手続きに出向く。

商いのために女の身でありながら商隊に加わり、帝都から離れた地域へ商品の買い付けにも行っていた。

フクには商いがよく分からないが、他の使用人たちの話から、家の稼ぎは、ほぼお嬢様頼りと言っても過言ではない事は知っている。


それなのに家族の中で、お嬢様は完全に爪弾き者にされてしまっていた。

これ程家の為に働く娘に対して、父親である旦那様は労いの言葉をかけるどころか、視界に入れようとすらしない。

最早、意図的に無視しているのではないかと思う程の、完全な無関心だった。

それでも積極的に害を与えてこない分、マシではあった。


世間一般で『さぬ仲』と言われる間柄である、奥様の底意地の悪い事と言ったら。

『女のくせに商いだなんて恥知らずな』

『男たちに混ざって旅をするなんて、どんなふしだらな事をしているか、わかったものじゃない』

『女が我が物顔でお役所様に行って、笑われているのを知らないのかしら』

今や職業婦人は憧れの的というのに、事あるごとに、わざわざ離れにまで、嫌味を言いに来るのだ。


そんな継母に、お金を湯水のように注ぎ込まれ、蝶よ花よと大切に育てられた妹君までついてくる。

『お姉様ったら、未だにそんな時代遅れの和装をしていらっしゃるの?そんなお姿だからお友達もできないんですわよ?身につける品を整えるのも礼儀だと弁えてくださいな』

『お母様がお小言を言うのは、お姉様を愛しているからなんですよ?人の助言には素直に耳を傾けないと』

『お父様は愛情表現が苦手な方ですが、だからこそこちら側が心を開いていかないと!積極的に愛情表現したら、応えてくれるんです。変な意地を張らずに、頑張ってくださいませ!』

愛され恵まれているが故に、全く悪気なく、そんな風に諭してくるのだ。


因みにフクは、事あるごとに『顔に傷があるからと言って女性であることを放棄してはいけないわ』と、布団を干したり、雑巾を洗っていたり、水を汲んでいたりと忙しい最中に、ご高説をのたまいにやってくる妹君が一番嫌いである。

『気にしてはいけない』『囚われてはいけない』『あきらめてはいけない』と言う割に、フクの顔の右側に走った三本の爪痕を、一番嫌そうに見るのも彼女だった。


注ぎ込んで貰えるお金もなく、仕事が忙しいせいで、交友を深める時間もない。

旦那様からは冷遇、継母からは嫌味と嫌がらせの連続、二人に大切にされている妹君は無意識の上から目線からの説教の嵐。

家を支えているのに、この扱いは酷いとフクはずっと憤っていた。


『良いの、良いの。どうせ私はこの家は出ることになっているから。妹が家を継ぐからこんな感じでいいのよ』

しかし当のお嬢様は、お気楽にそう言って、フクと弟の満次を可愛いがりまくってくれた。

鈍感力があるというか、嫌味を言われても蛙の面に水で、お嬢様はフクたちと毎日楽しそうに過ごしていた。



お嬢様は平気そうにしているし、家を出るまでの我慢だというなら、フクも耐えよう。

お嬢様の一つ年下の結婚相手が十八になるまでだから、気が遠くなるほど長い期間と我慢せねばならないというわけではない。

と、そう思っていたのに、だ。



『子爵様から連絡があった。次男殿の相手は妹のレイに変更せよと仰せだ』

そんなたった一言で、フクの大切なお嬢様は、幼い頃からの婚約者から捨てられてしまった。

『あらあら、まぁまぁ』

とんでもない命令に、流石のお嬢様も目を丸くしていた。


『ごめんなさい、お姉様。でもあちら様は高貴なお家柄。やはり公家の流れを汲むお母様の娘である私の方が好ましいし、上流階級の妻ともなると、慎ましく家を守れて、かつ、他家の奥様方に負けない華やかさが欲しい、って言われてしまって……断りできなくて……』

と、一見申し訳なさそうに謝る妹君だったが、その横顔には選ばれた者の優越が隠しきれていなかった。

フクが誇らし気に胸を張るあの女の横っ面を、どれだけ引っ叩いてやりたかった事か。


『……そういう事で、次男殿はユウと新しい家を興す予定だったが、我が家に婿入りしていただける事となった』

お嬢様の父である男爵は、しょぼくれた顔でそう言った。

若い頃は素晴らしい男振りで、周りの乙女達を魅了したという男爵だが、フクの目から見たら、ただの頼りない、萎んでしまった老人だ。


『ごめんなさい!でも彼は女性であるにも関わらず外を動き回り、仕事と言いつつ見知らぬ男とたちと接触する、ふしだらさが許せないとおっしゃっていて……お姉様がご不在の時に私が対応すると、いつでも身なりを整え、輝くような美しさで出迎える私は、穢れを知らぬ天女のようだと———』

と、謝っているのか、ひたすら自分の魅力を自慢しているのか分からない妹君の演説の中、お嬢様はそっとフクに囁いた。


『ねぇねぇ、フク、知ってる?今、世間様では『女二十歳おんなはたちでとうがたつ』って言われているんですって!って育ち過ぎて食べ頃を逃したお野菜の事だって!っプププ、酷いことを言うわねぇ!』

『もう十九歳で、目前だった結婚式を奪われたお嬢様が笑っていい内容じゃないですよ……』

『ね!崖っぷち過ぎて、笑えないのっ!仕方ないから、もう出荷は諦めて、フクたちを私の子供って事にして、生きていこうと思うのよ。私、手先が得意だから女工とかやって、いいお母さんになるわ。ね、どうかしら?』

『…………も〜、お嬢様!早々に結実けっこんを諦めて私たちをこども扱いしないでください!私たちはもう幼児おさなごじゃないんですよ!も〜……仕方ないから、フクが働いてお嬢様を養って差し上げます!』

『やぁだフク、それじゃ私、早々と現役引退したおばあちゃんじゃない。じゃ、みんなで働いて仲良く暮らしましょっ』

妹たちが結婚して継ぐ家には残れない。

家を出るなら、フクたちを連れて行く余裕はないだろうと、話を聞きながら、半ば諦めていた。

それなのに、しっかりと一緒に連れて行ってくれるつもりでいてくれたのが嬉しくて、フクは張り切ってしまった。


旦那様たちの目を掻い潜って親切にしてくれた、他の使用人たちと離れるのは辛いが、お嬢様と弟と三人で暮らすのも悪くない。

フクは女中としてしっかり働けるし、弟も最近商家へのお手伝いに行っている。

お嬢様は少々ズレているが、フクたちが支えれば、きっと楽しく暮らしていける。



そう、未来への展望を広げていたのに、状況が再び一転してしまったのは、婚約の入れ替えが発表された次の日だった。

『当代一の護人様にユウが見染められた!』

しょぼくれていた男爵が目を輝かせてそう言い出したのだ。


相手の家の格は非常に高かった。

三代前は小さな士族であったと聞くのに、武勲ぶくんを挙げ続け、今では立派な一門となり、叙爵され華族への格上げされた、覚えのめでたい東雲家だ。

武勲を上げ続け、今では伯爵の位までいただいていると聞く。

身分だけで言えば、フクには全く文句はなかった。

むしろ着飾ることしか能の無い妹君に、ちょっと言い寄られただけで鞍替えした元婚約者より、ずっと高い位で、胸がすく思いがした。


しかし問題はその家の誰に嫁ぐか、と、いう事だった。

誉高き武門の一族だが、その中でも『当代一』と言われる護人は一人しかいない。

東雲家三男、東雲しののめ杜人もりと

身分が高い上に、常に西の戦場に身を置いているので、フクは見た事すらない。

それでも彼の事は、有名過ぎて知っている。

【角なし公】

そんな恐ろしい二つ名で呼ばれている人物だ。


曰く、素手で鬼の首を捻り切ったとか。

曰く、鬼神の如き戦いぶりで、一夜にして山を血に染めたとか。

曰く、彼の屋敷で同じ女中を二度見る事がないのは、女を好んで喰うからだとか。

曰く、その面相は鬼よりも恐ろしいとか。

曰く、小山のような体で、大地を揺るがして歩くのだとか。

曰く、その恐ろしさに、本物の鬼ですら裸足で逃げ出すとか。

彼の姿すら知らぬ都民も、その恐ろしい数々の噂を知っている。

角こそないが、まるで鬼のようだという事で、誰ともなく呼び始めたのが【角なし公】という二つ名だ。


そんな男との縁談だというのだ。

『すぐにでも嫁いで参れとの事だ。嫁入り準備も何も要らぬから、く家に入るようにとの仰せだ。さあ!準備をしなさい!』

どんな女でも尻尾を巻いて逃げ出すような縁談だという自覚があるのか。

男爵は考える暇も与えず、その日のうちに最低限の荷物を持たせて、フクの大切なお嬢様を、家から出してしまったのだ。

普通ならば高位の家への嫁入りは、たっぷりの結納金を貰い、たっぷり時間をかけて、最上級の嫁入り道具を揃えるはずなのに、お嬢様に与えられたのは大きな風呂敷包み二つだけだった。


そしてあれよあれよと言う間に、列車に乗せられ、送り出されてしまったのである。

延々と丸一日列車に揺られ続け、向こうに到着すれば、迎えがあると言っていたのに、それすらなく、フクとお嬢様は、到着駅で待ちぼうけをする羽目になった。

『あらあら、困ったわ。迎えの方はいらっしゃらないわねぇ』

お嬢様はいつものように鷹揚に笑ったが、フクはとても笑えない。


道ゆく人に嫁入り相手の家を聞きながら、自ら歩いて嫁入りなんて聞いた事がない。

しかも嫁入り相手の名前を聞いた途端、町の者は気の毒そうに顔を曇らせるのだ。

そして誰もが『関わりたくない』と言いだけな態度で、素っ気なく屋敷を指差すだけで、案内してくれる者すらいない。


『う〜ん、ちょっと待遇が悪そうだし、フクも盛子さんの家で待っていてもらおうかしら。ミッちゃんだけを残しておくのも不安だったし。無事にお嫁入りできて、状態が良くなったら迎えに行くから』

盛子さんは、お嬢様が懇意にしている商家の奥様で、弟の満次を養子に欲しいと言ってくれるほど、可愛がってくれている人だ。

顔に大きな傷があるフクにも親切で、情に厚い、胆っ玉母ちゃんだ。

今回も急な頼みなのに、弟の面倒を引き受けてくれた。


『お嬢様みたいに、のほほんとしている方を、こんな所に残して帰れるはずがないじゃないですか!フクがお嬢様を守らなくて、誰が守るんです!!』

道すがらとんでもない事を言い出したお嬢様に、フクは断固として頷かなかった。

そうやって怒ると、お嬢様はいつもはツンと上がった目尻を下げて、『そうね、フクが居てくれたら百人力だわ』と笑うのだ。




そうして、フクは腹を括って、何かあれば私がお嬢様の盾になろうと思ったのだが、目の前の館はあまりにも恐ろしかった。

この中に『角なしの鬼』が住んでいるかと思えば、更に恐ろしい。

真っ黒に塗られた、牢獄の扉のような門も、人を寄せ付けない空気が漂っている。


「もし〜〜〜、誰か〜、いらっしゃいませんか〜〜〜?」

しかしお嬢様は恐怖など全くないようで、呑気に門の中に呼びかけている。

「困ったわ。かんぬきは内側からしか開かないようだし……登ったら裾を破いてしまうかしら?」

地味な柄の着物の裾を持ち上げつつ、そんな事を言っている。


「お、お嬢様!!つ、【角なし公】のお家に断りなく入るなどっっ、とって食われます!!」

フクはお嬢様が間違いを犯さないように、しっかりと、その腰にしがみつく。

「あらやだ。フクったら。だから西征将軍、よ。変なお名前で呼んだら失礼よ?それに私はここに嫁に来たんですもの。入って怒られるはずがないわ」

慌てて止めても、朗らかに笑うだけだ。


「お、お嬢様、知らないのですか!?何故、将軍が【角なし公】と言われているのかと言うと……」

「知ってるわ。『角を持たぬ鬼』『人でありながら鬼の如し』くらいなら、私だって聞いたことありますもの」

知ってなお、この能天気さである。

これくらいでなければ、継母たちからの虐めを右から左に流す事なんて出来なかっただろうが、優し気な外見に反して豪胆な方だ。

「でも日夜この国を守ってくださっている方よ?おぞましい鬼と混同するなんて、とんでもないわ。これから私も良くお仕えして、そのような不名誉な名で旦那様が呼ばれないようにしないと」

そう張り切る姿に迷いはない。


フクのお嬢様はいつもそうなのだ。

無能で怠惰な子爵次男にも誠心誠意、仕えようとしていた。

好きでもない、親から押し付けられた相手なのに、それでも粛々と受け入れてしまう。

『華族なんてこんなもんよ』と、お嬢様は言っていたが、庶民であるフクには到底理解できない行動だ。

「あら、見て、フク。あそこに大きな鐘があるわ。あれを鳴らしたらお屋敷の中にいる方も驚いて出てくるのではないかしら?」

お嬢様はそう言って屋敷の隣にある塔を指差す。


西洋式なのでよくわからないが、火の見櫓か鐘楼しょうろうのような物だろうか。

高い塔の上には立派な大きな鐘が釣り下がっている。

「備えあれば憂いなし。弾弓はじきゆみを持ってきて良かったわ〜」

のんびりそう言ったお嬢様は、自分で持っていた、一番大きな風呂敷から、和弓の三分の一ほどの長さの短弓を取り出して、つるを張る。

矢を放つ、通常の弓とは異なり、二本の蔓を持ち、矢のはずをかける場所に革が張られている。


「お、お嬢様、そ、そ、その弓をいつの間に!?」

「これ、私のお手製だから、残したら絶対捨てられてしまうと思って。真っ先に荷物に入れたのっ!」

お嬢様はいたずらっ子のように笑う。

いざと言うときにお金になる宝石類ではなく、自作の弓を持ってきてしまうあたりが、ぶっ飛んでいる。

フクがお嬢様を理解し切れないのは、何も身分差によるものだけではない。


お嬢様は流れるような動作で、着物のたもとを帯に突っ込み、路傍の石を拾う。

「お、お嬢様ーーーー!!!」

あまりに素早くて、止めるいとまも無かった。

石を弓の皮張り部分にのせたかと思うと、お嬢様は素早く蔓を引き絞り、放った。

シュッと空気を切る音がした次の瞬間には、石に打たれた鐘が思った以上に強烈な音を響かせた。

腹に響くようなゴーンという音が周囲にこだまして、フクは飛び上がる。

「あら、凄い音」

町に響き渡り、山々にこだまする音を聞いて、お嬢様は愉快そうに周りを見回す。

「お、お、お、お嬢様、これ、これは、これは流石に……」

怒られる、と、フクが言おうとした瞬間、

「あんた!!何やっているんだ!!!!」

怒鳴り声と共に、閉ざされた門の内側に人影が現れた。


身の丈がフクの二倍はあろうかという、筋骨逞しい大男である。

鬼のような形相で睨みつけるので、フクは縮み上がる。

「あらあら、一応耳が聞こえたんですね。いくら私が声をかけても無視なさっているから、他の方をお呼びたてしなくてはと鐘を鳴らした次第ですわ」

しかし大男に怒鳴られても、お嬢様は悪びれることなく微笑む。


「あ、あれは時を刻むための鐘だぞ!!やって良いことと悪いことが……!」

「あら、それはそれは申し訳ないことをしましたわ。まさか嫁入りを命じられて、はるばる参りましたのに、呼びかけても無視をされると思っていなくて、ついつい荒っぽいことをしてしまいました」

これが【角無し公】なのではないかと震え上がるフクを背中に隠しつつ、お嬢様は美しい姿勢で頭を下げる。


「よ、嫁入りーーー!?」

男は驚いた顔でフクたちを見る。

「雪谷男爵家が長女・ユウでございます。西征将軍、東雲杜人様の疾く嫁いで参れとのご命令に従い、馳せ参じました」

男は唖然とした顔で立ちすくみ、お嬢様を見つめた。

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