第2話 瞬光魔術師の不満

 俺の実家であるリントヴルム家は、遠く遡れば辺境伯だったという。

 共和制になり、爵位や貴族といったものが形骸化してから首都に拠点を移したのは、もうずっと前のことだそうだ。


 それでも、曾祖父は海軍大将、祖父は国防大臣、父は首都警察総監と、国や民を守ることを存在意義とする精神は、脈々と受け継がれてきた。


「ゆくゆくはお前も国を守る立場になるんだ。その程度で泣くんじゃない」

「はい、父上」

「付き合う友達は選べ。内申に影響したらどうする」

「……はい、父上」


 そんな家の長男として、俺も私を滅し奉公せよという家訓のもとで厳格に育てられ、半ば洗脳に近い教育を受けた。

 文武を極限まで鍛え、齢二十四にして急襲部隊の部隊長、そして指揮官を任され早二年。

 今では広報のポスターにまで顔が使われるようになったものの、特に達成感はない。




「指揮官! 辞めるってマジすか!?」


 立て籠もり事件の報告書と始末書に辞表をつけて提出したら、瞬く間にその噂が広まった。

 でも、もう決めたことだからどうでもいい。

 引き継ぎをするために着々と事務仕事を片付けていると、本日の訓練を終えた部下たちがばたばたと机を取り囲んだ。


「ああ、みんなには迷惑をかけるけど、後のことは任せた」

「嫌です! 指揮官が辞めるなら俺も辞めます!!」

「俺だって!」


 屈強な男どもに両側から肩やら腕やらに巻き付かれて、書き物がしづらい。


「引っ付くなニコロ、暑苦しい」

「そういうクールなところに憧れて、指揮官がいる部署に志願したのに!」


 気力、体力に加えて魔術や魔銃を扱えるだけの魔力も備えていなければならない急襲部隊には、比較的若い隊員が多い。

 特にニコロは、何故か俺によく懐いている。

 家柄のせいか肩書きのせいか敬遠されることが多いのに、邪険に扱われてもめげずにじゃれついてくる怖い物知らずは、眉を下げて泣きそうな顔になった。


「ていうか、どうして急に?」

「少し疲れただけだ」


 部下たちはまだ、交代で休みを取る程度の余裕がある。俺より年下でも所帯を持っている者もいる。


 一方で俺は、仕事一筋で浮ついた話の一つもない。

『仕事と心中するつもりでは』『事件に愛された男』といった不名誉な噂をされていることは知っている。


「……確かに、最近出動回数多いなって思ってましたけど」


 もちろん、好きこのんでそんな状態になっているわけではない。

 警察官として、価値観や思想の異なる様々な人間と交流する中で、徐々に家からの洗脳は解けつつあった。


 そして奔放な部下たちを見ているうちに、絶対だと思っていたリントヴルム家の教えへの疑問が浮かぶ。


 自分ももっとわがままでいいのではないか。


 そう思ったら、今まで見えていなかった様々なものが見えてきた。




 執務机の上で手を組んだ警備部部長の前には、『一身上の都合により』としか書いていない俺の辞表があった。


「……理由を聞かせてくれないか」


 眉間の皺が未だかつてないほどに深くなっている。


 口を開く前に、一度背後を振り返った。

 半開きの扉の向こうに、サッと複数の人影が隠れた。

 身を隠したところで気配は一切隠れておらず、そもそも空気の流れで扉が開いたことにもはじめから気付いていた。


 どうせこれから辞める職場だ。聞かれて困る話もないと、気にせず上司に視線を戻す。


「特に理由はありません」


 自分が書いた辞表の文字を見つめながら答える。

 我ながら素っ気ない返答だったと思う。

 眉間の皺を見て、名刺が挟めそうだな、とどうでもいいことを考えてしまった。


「急にどうしたんだ。不満があるなら言ってくれ」


 と言われても、ここのところずっともやもやと渦巻いていたことに結論を出して、実行に移しただけだ。俺の中では別に、急でも何でもない。


 しかし部長からすれば、今まで文句の一つも言わず仕事をこなしてきた男がついでのように辞表を提出するという展開は、予想できなかったのだろう。


 俺は、どう答えるべきか逡巡した。

『信じていたことが必ずしも正しくないと気付いて、いろんなことがどうでも良くなった』と言ったところで、納得してはもらえないだろう。


 まあ、せっかく聞いてくれると言っているのだ。今までできるだけ考えないようにしてきたことを洗いざらい話してみるかと、口を開いた。


「まず第一に。部隊の出動要請頻度が年々上がっているのに、常任の指揮官が私だけというのはどうなのかと常々思っていました。休日でも呼び出されますので、この半年で完全な休日は三日だけです。報告書を提出していますから、部長はご存知のはずですよね。にもかかわらず、その体制を変えようとしないところ。報告書で再三要請しても、なあなあにして検討すらしていただけないところ。そのくせ小言は言ってくるところ。私には常に通信機を携帯しろと仰るのに、ご自身は休日に通信機を持たずにお出かけされるところ。それから、本人に断りもなく勝手に私が首都警察のイメージキャラクターになるという案件を引き受けたこと。そのせいで滞る通常業務についての補填や人員の手配がないこと。そのくせ部隊の予算は増えないこと。あと」

「わ、わかった。もういい」


 半分以上が自分への不満であることに気付いたのか、部長は青ざめた。


 俺が従順なのをいいことに、上層部で勝手に決められてきたことは多数ある。

【瞬光】に任せればなんとかなると言って、他の部署でも対処できる案件まで回していたことも知っている。


「……要は、をないがしろにする組織に嫌気が差したってことですね、たぶん」


 ふむ、と自分で言ってから納得してしまった。

 口に出してみたら堰を切ったようにするすると出てきたことを考えるに、思ったよりも溜め込んでいたようだ。他人事のように分析した。


 部長はというと、ぽかんと口を開けていた。

 どうせ、自分たちと違う生き物のような感覚で見ていた男に人相応の感情があったことを理解して、今更驚いているのだろう。


「そうか……」


 説得するのは無理だと覚ったようで、部長は大きくため息をつくと、提案した。


「……退職ではなく、休職ということにできないか。まずはひと月。足りなければ、延長して構わないから」

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