家族会議




「……そう。友人なの。随分、整った顔をしてるのね……」


 母の声は明らかにさっきよりも落ち着いていた。肩の力も抜け、眉間の皺もやや和らいでいる。すっかり怒りが収まった様子だ。

 月明かりに照らされる清影の顔はおそらく母好みだろう。少し若い頃の父に顔の系統は似ている気もする。


(母様、ちょろい……)


 桔梗は内心、清影の顔の出来に感謝した。

 しばらく清影に見惚れていた母ははっとしたように咳払いして続ける。


「とにかく、今日はもう遅いから、事情は明日詳しく話してちょうだい。奇術についても、あの人から詳しく話してもらいましょう。この時代に奇術の話を持ち出すのは、本当はよくないことだけれど……桔梗も、何が何だか分からないのは怖いでしょう。それに、藤山家にいるという鬼のことも教えてくれないと困るわ。人間の家に鬼が紛れ込んでいるのなら、邏卒に突き出さなくちゃいけない。これは由々しき事態よ。本当、もっと早く言ってくれたらよかったのに……」

「……ごめんなさい」


 桔梗が素直に頭を下げると、母はふうと溜め息を吐き、ちらりと横目で清影の方を見て、桔梗に耳打ちしてくる。


「結婚したくないのは、そちらの方が好きだからというのもあるの?」

「なっ……ち、違う! そういうのじゃないから!」


 母にとんでもない勘繰りを受け、桔梗の声が上ずった。

 全力で首を横に振って否定したが、母は納得していないような顔で桔梗たちを交互に見つめる。


「……まあいいわ。遅くなりすぎないように。夜風にあたって風邪をひかないでね」


 そう言い残し廊下に戻っていく母の背中を見つめながら、桔梗の顔は恥ずかしさで熱を帯びていた。


(好きなんて、そんなわけ……でも、一緒にいるとそう見えるのも仕方ないわね)


 不運にも見た目の年もちょうどよいくらいである。若い男女がずっと隣にいるのだから、端から見れば夫婦だろう。

 桔梗はふと気になり、清影に問う。


「鬼に恋愛感情ってあるの?」


 そもそも鬼というのは、人を好きになるのか。

 言い伝えや人の噂に聞く鬼は、感情がなく冷酷非道な印象がある。清影は珍しく人に害を加えない鬼だが、他の鬼に人の心はあるのだろうか。


「鬼は、生涯一人だけを愛することがあります」


 清影の答えは桔梗にとって意外なものだった。


「鬼も恋をするのね。人間のように」

「人間には心移りがあるでしょう。鬼にはそれがありません。一度好きになった相手をいつまでも恋い慕い、他を見ることができなくなります」

「へえ……。鬼の世界って素敵ね」


 桔梗にはその方が余程良いように思えた。

 世間を見れば、男は妻子持ちでも遊び歩いていることが珍しくない。桔梗はそんな遊びなどよりも互いを一途に愛し合える恋に憧れがあるので、鬼の恋の方が魅力的に感じる。

 しかし、清影はそれを否定した。


「さあ。たった一度の恋を忘れられないというのも、厄介なものだと思いますけどね。まるで不治の病でしょう」


 患った者が可哀想だ、と清影はぽつり、一つ呟いたのだった。



 ◆



 翌日は怒涛の流れだった。

 まず早朝に清影を叩き起こして先生を寺まで迎えに行き、学校では護衛をし、先生を寺まで送り届けて帰る。

 その後は家族会議だった。桔梗は玄関に貼っていた護符を外し、清影を中に入れて父の元へ向かった。奥に座る父は既に部屋に待機しており、母も傍らに控えていたが、清影の姿を一目見た瞬間、その眉がわずかに動いた。


「お前は一度出なさい。すぐに済む」


 父は隣の母に命じる。

 母は戸惑いながらも、父の表情に逆らえず静かに部屋を出て行った。襖が閉まると、父は一呼吸置いてから、低い声で言った。


「鬼だな。見た目は化けても、匂いまでは誤魔化せん。月宮の血筋は、古来より鬼と人を嗅ぎ分けてきた」


 桔梗ははっとし、清影を庇うようにその前に立った。


「父様、これは……」

「分かっておる。知性のある鬼と人が協力関係を築くことは歴史的にも珍しくない」


 しかし、父は存外鬼に対して抵抗がないようだった。

 桔梗は胸をなでおろし、ようやく椅子に座った。その隣に清影も座る。桔梗は唇を噛み、膝の上で拳を握った。


「父様……未来で起こることを、話さなければなりません」


 父の眼差しが鋭くなる。桔梗はこれまで起きたこと、藤山家に嫁いだ場合に未来で起こるはずの凶悪な事件、そして鬼たちがなぜ自分を狙うのか、ゆっくりと言葉を選びながら語った。


「おそらく、彼らの目的は支配の奇術です。それも、私自身ではなく、私の子供を食おうとしていた。だから多分……」

「鬼の目的は、千年以上前に戻ること、ということか」


 部屋の空気がぴんと張り詰めた。父は長く目を閉じた後、静かに口を開いた。


「支配の奇術は、時を戻り歴史を狂わせる力を秘めている。人ならざる者にその力を奪われるわけにはいかない。だからこそかつては代々、月宮家には鬼に対抗する強力な護衛がついていた。だが、明治維新以降、奇術を守ろうとする人間は取り締まりの対象となり、家も資産も監視されるようになった」

「じゃあ、私は……」

「今はお前を護る存在がいない。だから悪い鬼がお前を狙って動き出したのだろう」


 父は清影を一瞥し、言葉を継いだ。


「奴らが本気で千年前に戻るつもりなら、支配の奇術の持ち主の子を食らうだけでは足りない。〝増幅の奇術〟の力も必要になる」


 桔梗は聞き慣れぬ言葉に目を見開いた。

 奇術に様々な種類があるというのは清影から聞いて知っていたが、増幅とはどういう能力なのか、と父に説明を促す。


「他者の奇術の力を、一時的に極限まで高める奇術だ。それ単独では特に危険な奇術ではないが、支配と増幅が揃った時、還因の秘儀に成功したことがあると家に残る古文書にあった。無論、その書は早い段階で政府に燃やされ、もう跡形もないが」


 父の眼差しが桔梗に向けられる。


「鬼を取り締まる邏卒は証拠がなければ動かない。父さんも人脈を使って藤山家のことを探ろう。何としても、お前を監獄へは行かせない」


 父の力強い口調に、桔梗はゆっくりと頷いた。

 父はその後、ゆっくりと桔梗の隣の清影に視線を移した。


「今の時代の鬼は力が弱まっていて、すれ違っても分からぬほどだ。しかしお前は匂いが強い。強いのだろう」

「他の鬼よりは」

「なら、桔梗の護衛を頼む。家がないと言うのなら代わりに寝床を貸そう」

「……俺は鬼ですよ?」

「人を食わぬのなら人と同じだ」


 父は一通り話し終えると、別室で待たせていた母を呼び、清影も含めて食卓を囲んだ。桔梗の作った夕餉を家族全員、今日は清影も含めて食べた。


 夕食後清影には、二階の空き部屋が貸されることになった。

 清影は離れのものよりも上質な布団に包まりながら、「君も君の家族も、変わった人ですね」と褒めているのか貶しているのか分からないことを呟いていた。



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