禁書の内容
「……何かあったのですか?」
先生は桔梗の真剣な表情を見てすぐに異変を感じ取ったらしく、神妙な面持ちで尋ねてきた。
「私は危険な鬼に見張られていました。先生も危ないので、守らせてください」
桔梗ははっきりと現状を説明する。
先生は「ええっ」と怯えるような顔をした後、
「そちらの鬼とは別の鬼ですか? 桔梗さんは鬼に好かれますねえ……」
と慎重に清影の方に目をやった。
「私を狙っているのはもっと危険な鬼です。こちらの鬼は一応、先生を守ることに同意してくれています。こう見えて強いので、一緒にいれば大丈夫かと……」
「いやはや、困りましたなあ。鬼から身を守るために行く当てならあるのですが……しかし、教鞭を執っている間は無防備ですからね。学校にいる間護衛してくれるのならこれほど有り難いことはありませんが……」
先生はまだ現実感がないのか間の抜けた返事をしながら頭を掻き、質問を投げかけてきた。
「桔梗さんを狙っているという鬼が、桔梗さんが禁書の内容を知ろうとしている理由なのですか?」
「はい……鬼は奇術を奪うために人を食うようなのです。わざわざ私を狙うということは、月宮に代々伝わる奇術が必要なのかも……」
奇術の詳細を知ることは、鷹彦たちの目的を知ることに繋がるかもしれない。
それに、清影だって、時を戻せるなら昔食った少年の母親が出所する前に戻り、彼女の行方を突き止めたいだろう。今は桔梗も、清影の探し物にできる限り協力したいと思っている。
「いけません。いくら朝早いとはいえ、話は人目のないところでしましょう」
奇術という言葉が出てきたからか、先生は急ぐような素振りで女学校の中へと静かに歩を進めた。桔梗と清影もそれに続く。
生徒たちはほとんど登校しておらず、校舎には静寂が満ちていた。
木造の廊下を歩き、学校内にある先生の個室に向かう。
部屋に入ると同時に桔梗の胸は締め付けられるように苦しくなった。
この部屋は、先生が殺された部屋だ。
先生は机の前に腰を下ろし、桔梗と清影にも座るよう促す。
「ここなら誰にも聞かれることはありません」
そして先生は、革の鞄から一冊の書を取り出した。それは、黄ばんだ和紙を糸で綴じた、桔梗が先生に預けた書物だった。
「これは、桔梗さんの家系に代々伝わる、支配の奇術に関する書です。解読には時間がかかりましたが……ようやく全容が見えてきました」
先生は手元の頁をめくり、指先である一節をなぞった。
「支配の奇術は、時や生命を支配する恐ろしい術です。『術者は、その身に刻まれし死と痛みによって、時や人を操る』。つまり、時を戻るのであれば己の身を犠牲にしなければならないようです。肉体の損壊の度合いが大きければ大きいほど、戻る時の距離は伸びます。逆に、軽い傷による死ではわずかな過去にしか戻れないようですね」
桔梗は無意識に息を呑んだ。
「……それって、細かい指定はできないということですよね。例えば、何年の何月何日に戻りたい、のような……」
「そうなりますね。それに、例えば桔梗さんの肉体が全て散り散りになる形で死んだとしても、戻れて十年のようです」
「十年……」
桔梗の呟きに、先生は静かに頷いて続ける。
「それ以上戻りたいなら――贄を捧げるしかない、と書かれていました」
贄。桔梗はその言葉に驚いた。
建造物が災害によって破壊されないことを神に祈願する目的で人身御供をするという風習は聞いたことがあるが、時を戻るために生贄を捧げるというのは聞いたことがない。
「支配の奇術の起源は呪いです。自己を犠牲にするというのも、呪いの代償ようなもの……この術を扱うには代償が必要なんです。この先は、少し気分の悪い話になるのですが、よろしいですか」
桔梗は覚悟を持って静かに頷いた。
先生の話はこうだった。
奇術は親から子に引き継がれる場合と引き継がれない場合があり、子に引き継がれた場合奇術の力は親から消失する。引き継がれなかった場合、奇術の持ち主は老衰するまで奇術の力を保有するが、その力は年と共に衰える。奇術が直接子に引き継がれなかった場合でも、何世代か後の子が同じ奇術の力を発現することが多くある。同一の家系には同一の奇術が発現する。
支配の奇術は、時を操ることができる。
支配の奇術では、通常は自らの死によって数時間から十年前に遡ることが可能である。術者本人のみの力では、時を操るにしても最大で十年ほどが限界である。
しかし鬼の種族であれば、その限界を超えて最大千二百年の時の遡行を実現することができる。
そのためには、術者の血脈によって生まれた新鮮な娘を喰らう必要がある。術者との間に成された女児のみが儀式の生贄となり得る。
鬼が女児を食せばその力を継承し、倍加できる。
この儀式は
この秘儀の記録はいかなる庶民にも見せてはならない。朝廷における重役、または陰陽道の司として帝の御璽により任命された者のみ閲覧を許される。
また、支配の奇術は、生命も操ることができる。
支配できるのは、術者本人の生命を途絶えさせたことがある者のみである。術者に死を与えた存在にしか影響を及ぼせないため、生命を操るためにも術者が一度死ぬ必要がある。
「術者が産んだ女児を生贄に……最大千二百年前に戻ることができる……?」
説明を聞き終えた桔梗の声が震えた。
先生はゆっくりと立ち上がると、部屋の隅に据えられた鉄製の火鉢へと書物を持って行き、火を灯して燃やした。
「残念ですがこれは本当に、私が持っていてよいものではなさそうですね。学術的にはとても素晴らしい書物だったのですが……。おそらく他の奇術もこのように、危険な手段を使うものなのでしょう。明治政府が禁じるのも分かる気がします」
紙が爆ぜる音がして、薄い煙が室内に立ちのぼる。
墨の文字が朱に舐められて歪み、崩れ、消えていった。
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