口付け
「これで18-12」
「またリバウン取られた……」
「スリーポイント一回も決めてねーぞ藤枝!」
「はは、汚名返上してくれよ」
夜。
ライトが照らすバスケコート。
ワタシと佐藤さん対さっきの二人。
「ハァハァ……」
「優香が死にそうになってんぞ」
「さっき転がってたよな一人で。大丈夫か?」
「大丈夫……ただの運動不足……」
心配そうに二人が声を掛ける。
うう、カッコ悪い!
「ほら」
なんて思ってたら、視界に彼の手。
「20点先取だろ? もうちょいもうちょい」
ワタシは、それを手に取る。
高校の時は、こんな風に声を掛けてくれる男の子なんて居なかった。
《——「だっさー。見てよあれ」——》
言うまでもなく運動音痴。
二年前までは、黒髪に黒ぶち眼鏡のガリ勉女。
キラキラした青春なんて高校生活とは程遠い。
ただただ勉強とオタ活に専念した三年間。
それはそれで楽しかったけれど、その中に異性の影なんて一切無くて。
だから、何度も妄想した。
『オタク女に優しいギャル男』なんて、世間じゃ馬鹿にされてるけれど――
《——「そ、その、ゲームとかマンガ置いてるから、どうでしょうか……」「あ。良いね」——》
二年後。
ウソみたいな男の子が、ワタシの前に現れた。
「優香?」
「す、すいません……空さんはすごいですね」
「ちょうどいま、体育でやってるから。バスケ」
「ぁ……」
「男女混合だからさ、レベル結構高いんだよね」
「……そう、なんですね」
この世は理不尽だ。
生まれた年が違うだけで、生まれた場所が違うだけで。
目の前の彼と、青春時代を過ごせなかった。
彼と同じ教室に居られる女子達が、羨ましくって仕方ない。
「何話してんだー?」「空さん、まだ私達負けてませんよ!」
「おー。藤枝のスリーポイント楽しみにしてるよ」
「多分コイツ無理です」「んだとこら!」
今日会ったとは思えないほど、二人に混じる空さん。
それを見て、また苦しくなった。
☆
「まさか最後にスリーポイント決められるとはな」
「覚醒しました」「遅すぎんだよお前」
結局、ワタシ達のチームは負けた。
どう考えても自分のせいだけど……。
「流石に帰るよ。今日は楽しかった、ありがとな」
「もう帰っちゃうんですか?」「明日土曜だし、まだ二軒目とか……」
「明日はバイトが朝早くからあってさ、それに備えてね。また遊ぼうぜ」
「は、はい!」「送っていきます!」
「ははっ帰り道逆だろ? 一人で帰れるって。じゃ」
ずいっと前のめりな二人をいなして、彼はそのまま歩いていく。
「うー、意外とガード固い?」「空さん、また遊びたいなぁ……」
「あ……じゃ、今日はありがと」
「それはこっちのセリフだ!」「マジでそう! また合コン誘うから!」
手を振って。
ワタシは、ついついその後を走って追って。
「――はぁ、はぁ。空さん」
「あれ? どしたの」
「……い、いや」
「もう夜も遅いし帰れよ。タクシー呼ぶ?」
「その……家まで送らせてください」
「おいおいお前も? だから良いって――」
もう止まれなかった。
彼の肩を掴んで、ワタシは。
「シたい、です」
「……へぇ、良いねその熱意。次の合コンに向ければ?」
「だ、誰でも良いので。今はっ。だから!」
「……」
「ぁ、その、違くて。ごめんなさいっ、最低な事――」
「“なら”良いや。行こ行こ、けどそんな遅くまでは無理だからな」
「え……」
吹っ切れたように、彼はワタシの手を引く。
そのまま、歩いて。
そのまま、呼ばれていたタクシーに乗って。
「どーぞ」
「ぁ……お邪魔します」
そのまま、流れるように彼の家に着いた。
そこに流れる香りだけで、興奮の材料になった。
我慢なんて、する余裕は無かった。
「匂いフェチだっけ?」
その胸元に、縋りつくよう鼻を当てる。
笑う彼の声が上から聞こえる。
今だけは――空さんを。
「服、脱いでください」
「良いけど。シャワー浴びなくていいの?」
「早くっ」
「おいおいサカってんな」
「……ご、ごめんなさい」
「良いよ。ほら」
「っ」
鍛えられた、細いけれど引き締まった身体。
あの二人が、見れなかった彼の裸。
何度も見たはずのそれが、今はおかしくなりそうなぐらい劣情を誘う。
……でも。
襲い掛かる本能を、ワタシは抑えつける。
このままシてしまったら――ずっと“他”と同じになってしまう気がして。
「? 何、ヤらないの?」
「……はい」
「?? シたいって言ってたじゃん」
「ごめんなさい」
「いやまぁ良いけど。なんか変だぞさっきから」
「……ごめん、なさい……」
困惑しながら服を着なおす彼。
ああ、ワタシさっきから何やってんだろ。
支離滅裂。もうめちゃくちゃ。
「……帰る?」
「その。シない変わりに、お願いがあって」
「なに?」
「……き、きしゅ、キスの練習、したいなって」
「え」
「そっその! やっぱりキスって大事じゃないですか! 彼氏出来た時にその、それで冷められたら嫌かなあって!」
「まあ確かにな」
「どうでしょう……」
「ビッチには適任だし良いよ」
ああ、また彼の優しさを利用してしまった。
でも、こうするしかなかった。
「よ、よろしくお願いします」
「……優香、初めてじゃないよな」
「違いますっ! 経験済みなので!!」
「ははっそっか、ごめんごめん」
ウソをついた。
紛れもない、ファーストキス。
「俺苦手だからあんまりしないけど。ほら」
「……!」
ベッドに座って。
まるで差し出すように、彼は口を前にやる。
その光景だけで息が詰まった。
「こっちまで恥ずかしくなるから、早くしてくれない?」
「す、すいません、失礼しますっ」
「痛っ!」
「ああああごめんなさい!!」
衝動的に彼の口に近付いたら、歯が当たる。
なにやってんだろ……。
「ははっ練習しといてよかったな。ほらもう一回」
「はい……」
今度は、歯が当たらなかった。
でも、ほんとに触れ合っただけ。
「野球の判定で言うならボール」
「ダメじゃないですか! も、もう一回!」
「良いけど」
茶化すように彼が言って、二人で笑う。
そのまま、また口を近付ける。
今度は確実に触れ合って、体温が分かった。
「……っ。あの。キス中ってどう酸素を取り込めば」
「酸素て。ココ、鼻だよ」
「あ。でも音立てちゃったらどうしよう……」
「する前にちゃんと鼻かんどけ。ビッチアドバイス」
「……おっけーです。お願いします」
「また? 良いけど」
無理やりする理由を探して、また彼の唇を奪う。
身体が沸騰するようだった。
理性と本能のバランスは、もう逆転して。
「次は……深いやつもやりたいです。その、未来のために」
「しょうがねーな……これで最後ね」
彼の肩の後ろに手を回す。
ゆっくりと、顔を近付ける。
唇と唇を添わせて。目を閉じて。
舌を侵入させれば、彼もそれを迎えるように。
慣れないながらも、リードされてどんどん覚えていく。
「……」「ん……」
二人、ベッドに座って。
静かな夜に、吐息と粘膜の触れ合う音だけ。
夢みたいな時間だった。
舌同士なら、0.02ミリの壁はない。
重ねるたびに彼がワタシの中に入ってくる。
夢中になった。
貪るように、溺れていく。
「っ……!?」
そして。
コレまでのどんな行為よりも、深い、深い何かがせり上がって。
止められない。
そこには、何も触れていないのに。
逃げるように目を開く。
すれば、彼の長い前髪の間。
ワタシだけを、真っ直ぐに。
「――ぁ」
瞬間。
まるで、電気の様にソレが流れた。
息が出来ぬほど、暴力的な快楽が。
「お、おい大丈夫か? 呼吸しろ呼吸!」
「はっ。はっ……はい……」
—―ああ、駄目だ。
誰でも良いなんて大嘘だ。
気付けば既に奥底。
その口付けで、既に自分が堕ちていると知った。
もう、この気持ちを抑えられない。
もう、痛いほどに叫びたがっている。
セフレの中の一人じゃない。
その上。
ワタシは、彼の“特別”になりたい。
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