第19話 無名の差出人
家の掃除をしている最中に、冥は一通の未開封封筒を見つけた。差出人の名前は書かれておらず、小百合宛てに送られたものであった。その封筒は、使われていない部屋のテーブルに置かれていて、テーブルには他にも未開封封筒が山のように積まれている。
人は、謎めいた物に興味を惹かれる生き物。例にもれず、冥も未開封封筒に興味を惹かれていた。冥は先に部屋の掃除を手早く済ませ、適当に選び取った封筒から中身を拝見し始めた。
封を開いた中には、一通の手紙と、贈り物として都会で流通している小型投影機が入っていた。
「ホログラムの。なんでこんなのがアイツ宛てに……」
冥は投影機のスイッチを押し、ホログラムを映し出した。それは、人工的に生み出された鳥類の中でも、最も綺麗な姿をしているライチョウと呼ばれる鳥であった。
手紙に目を通すと、ライチョウに関しての情報が書かれている。
【白と黒をベースとした体と、七色のトサカ。鳴き声はスズメに似た声であり、姿勢はクジャクのように堂々としている。夜の時間になれば翼を広げ、翼を広げたまま空を飛び交う。生産が難しく、一般的には販売されておらず、イベントの成功を願う前夜祭のみ姿を見れる貴重な鳥】
冥は次の封筒を開けた。その封筒にも、一枚の手紙と小型投影機が入れられている。映し出されたのは、シャボン玉を生成する観葉植物。手紙には予想通り、その観葉植物についての情報が書かれていた。
【ユメミと呼ばれる観葉植物。葉のすぐ上に咲いている花から出てくるシャボン玉にはリラックス効果があり、指で触れても割れない。水の表面を触ったような感触。匂いは眠気を誘い、触っているだけでも眠りに落ちてしまう安眠導入物。育てるのは簡単で、定期的に水を与えれば枯れない】
冥は二通の封筒の中身を調べ終え、この差出人の目的が何かを考え始めた。この二通の封筒に書かれていた物や同封されていた小型投影機が映したのは都会にしかない物。恐らく、他の封筒も同じであろう。
しかし、それを送ってくる意図が掴めない。単に田舎者に対して、都会の凄みを見せつけるだけなら、手紙の内容はもっと挑発的になるはず。だが、手紙に書かれている文は挑発的どころか、むしろ逆で、新設という言葉が似合う程に丁寧である。
この差出人が、小百合に敵意や悪意が無い事を確信した冥であったが、結局意図は掴めないままであった。
「本人に聞いてみるか」
冥は、まだ開封していない封筒を一つ手に取り、食卓にいる小百合のもとへ向かった。その行動は、決して親切心からの行動ではない。山積みにされた封筒を見てもらう使命感を冥は抱いていた。
食卓に来ると、小百合は昼食の調理をしていた。冥は出来上がったばかりの唐揚げをつまみ食いすると、未開封封筒を小百合の視界に入れた。
「ん? どうしたのこれ?」
「掃除してた場所にあったよ。それも山になるくらいにね」
「あー、あれね。差出人が書いてなかったでしょ?」
「ああ。差出人に心当たりは?」
「無いわ。いつか言ったけど、私は幼い頃にこの家に捨てられてから、ずっと独りだったの。友達や知人を作る余地も無かった。だから、手紙が送られてきた時はビックリしたし……気持ち悪かった」
「知らぬ誰かに、居所がバレててか?」
「うん。でも、ある日を境に、手紙が送られてくる事が途切れてね。送り先を間違えたか、あるいは返事を書かない私にシビレを切らしたか。とにかく、もう手紙が送られてくる事は無くなったわ」
「それはいつ頃だ?」
「えっと……五年前、かしら?」
「五年前……」
冥は唐揚げをもうひとつまみして、五年前の都会の状況を思い出す。しかし、都会では毎分のように事件が起き、差出人の正体を明らかにするのは不可能であった。
「……駄目だ。何万という死人から探し出すには、脳にコンピューターを埋めなきゃならない」
「どうして亡くなった人から?」
「それまで定期的に送られてきた封筒が、五年前に途切れたんだろ? 十中八九、差出人は死んでる。二通中身を見てみたが、小型投影機が同封されてた。あれは決して安い物じゃない。そんな物が、全部の封筒に同封されてるなら、差出人は金持ちだろう。金持ちは都会じゃ上層に位置する人間の特徴だ」
「お金持ち……う~ん……駄目ね。やっぱり思い当たらない。というか、私に送ってくる意味も分からないままだしね」
「もし、あの山となった未開封封筒の全てに小型投影機が同封されてるとしたら、全部でいくらになると思う?」
「何十万……?」
「それに桁二つ足した額だ」
「ひぇぇ!」
「ま、全部データを消去しなきゃ売れねぇし、そんなメンドイ事はしたくねぇがな」
「一件くらい、返事を書いても良かったかも」
「いいや。相手が分からないなら、無闇に返事を出すのは危険だ。お前は敵を知らず、敵はお前を知ってる。高いリスクを払う時は、それよりも高いリターンを得られる時だけだ」
冥は三度目のつまみ食いをしようとするも、偶然、跳ねた油が小百合の手に当たってしまう。小百合が箸を持つ手をほんの少しだけ捻った所為であったが、限りなく必然に近い偶然であった。
「まったく! 酷い女だな! つまみ食いぐらい見て見ぬフリをしろよ……」
「そうして前に見て見ぬフリをしたら、自分の分が少ないって文句をつけたでしょ」
「そりゃそうさ。飯は平等でなくちゃいけないからな」
「つまみ食いの分を減らしただけなのにさ……そういえば、同じ感じで油が跳ねた時があったんだけど、その時は分かってたかのように私を助けてくれたよね?」
「そりゃ前の私の事だろ? 今の私が憶えてるわけねぇじゃん」
「そうじゃなくて……う~ん、まぁいいか。丁度最後の分も揚げ終わったし。お昼にしましょう。もちろん、冥の分はつまみ食いした数分減らすからね」
「はいはい、どうぞご自由に。料理長様」
小百合がテーブルに昼食の料理を並べている間に、冥は持ってきた封筒を元の部屋に戻しに行った。山となった未開封封筒の上に封筒を置いて、足早と食卓へと戻っていく。
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