第20話:そして運命は繋がる




 思いも寄らない真実がセイの口から出てきたことに、エドアルドは瞳を見開きながら驚愕を露わにした。



「あれは僕とヴィーの両親が亡くなって、ヴィーが跡を継いだ直後のことだったんだけど、僕、自分の不注意から敵対するファミリーの人間に誘拐されちゃって……」

「攫われたのは、セイなんですかっ?」



 エドアルドが双眼をさらに大きく開く。見る見るうちに真っ青になっていくその様子は少々大げさなぐらいに見えたが、それは当然の話だった。

 マフィアの誘拐は、被害者が手酷い拷問を受けることが多い。敵の情報や弱みを手に入れるための暴行や陵辱なんて珍しくもないことだ。ゆえにあの日、自分が敵対組織に誘拐されたと知ったセイは、はっきりと己の命の終わりを覚悟した。

 おそらくエドアルドも、そういった情景を頭に浮かべたのだろう。



「あの頃、僕も親の跡を引き継いだばかりだったから、まだマフィアとしての自覚が足らなくて、護衛も着けずに外に出ちゃったんだ」



 当時のセイを言い表すなら、まさに未熟という二文字がぴったりだっただろう。自分は成人もしているし、車にも乗れる。それに近くの店に商品を取りに行くだけだからと、親や先代がファミリー間の抗争で命を落としたことをすっかり忘れ、安易な行動を取ってしまった。その結果が攫われてしまうという情けない事態を生んでしまったのだ。



「僕を誘拐した組織はスコッツォーリが管理する権利書が欲しかったみたいで、僕と引き替えにそれを要求したんだ」

「そ、それで……」

「結果はヴィーが相手の行動の裏を読んで迅速に動いてくれたおかげで、僕はこの通り命を失わなかったし、酷い暴行も受けなかった。勿論、スコッツォーリも何も失うことはなかったよ。でも…………僕を助けに来た時にはもう、ヴィーは人が変わっていた」



 当時の光景を思い出し、セイは視線を床に落す。



「昔は我儘ではあったけれど僕と同じように人の命に重きを置く性格だったのに、僕に危害を加えようとする人間に生きる価値はないって、相手組織の構成員を一人残らず……」



 おそらく、両親を一気に失ったことも原因の一つだろう。組織の長として悲しみは表に出さないようにしていたみたいが、ヴィートは先代を失ったことに強いショックを受けていた。その傷が癒えぬ間にセイまで失いそうになったことで、ヴィートは一人になる恐怖に耐えられず心を変化させてしまった。



「それからなんだ、僕への執着がより強くなったのは……」



 他人を信用しなければ、部下も信用しない、少しでもセイに近づこうとする者には容赦なく鉄槌を下す。はたから見れば異常と言われても可笑しくない人間になってしまった。



「だから、ヴィー相手に話し合いで解決するのは難しいかもしれない」



 そう考えるのは、決して諦めているからではない。ヴィートへの説得は無駄であり、むしろ逆効果になる可能性が高いと知っているからだ。



「しかし、そうだからとセイのことを諦めたくはありません」

「僕だって同じ気持ちだよ。だから――――」



 一度目線を下げ、セイは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 今から彼に告げる言葉は、途轍もなく重たいものだ。口にしてしまえば様々なことが大きく動いてしまうであろう。けれど、セイの中に形にしないでおくという選択はなかった。


 顔を上げ、再びエドアルドを見据えたセイが、揺らぎのない瞳で言い放つ。



「エド、僕の項を噛んで」

「なっ、にを……」

「無茶なことを言ってるのは分かってる。でも、もう時間がないんだ」

「時間がない?」

「僕、ヴィーから次のヒートで強制的に番にするって言われてる。だから今回を逃すと……」



 次に顔を合わせる時、セイの首には他の人間の所有印が刻まれている。そこまでは言葉にしなかったが、瞬く間に顔を怒りで赤らめたエドアルドを見る限り、すぐに理解したのだろうと察した。



「そんなこと許せるはずがありませんっ! 合意もなしに番契約だなんて、それじゃあ貴方のことを奴隷扱いしているのと同じじゃないですかっ」



 いくら立場が主従関係だったとしても、番関係を強制することは許されない。エドアルドは強く憤るが、セイは静かに首を振った。



「普通ならね……。でもヴィーにはそんなこと関係ないんだ。僕の気持ちが友情以上のものになろうがならなかろうが、ましてや僕とエドが運命だろうが、ヴィーは宣言通り僕を番にするよ。でも、それは嫌なんだ……」



 あの言葉が脅しではないと、今でも確信を持って断言できる。



「勿論です。希望しない相手との番契約は、項を噛まれて身体が変わろうとも苦痛でしかないといいます。私だってセイが他の人間に奪われてしまったらと考えると……いえ、考えることすらおぞましい。ですがセイはそれで本当にいいのですか? 彼の許しを得る前に番えば……」



 ヴィートの恐ろしさを知るなら、当然、結果も容易に想像できるはず。エドアルドはそう問いたいのだろう。



「勝手なことをしたらどうなるかは分かってるよ。でも……どうしても耐えられないんだ。エド以外の人間となんて。そんな未来しか許されないっていうなら僕は……いっそ死んだ方がましだ……」



 きっとこの感覚は、運命と出会った者にしか分からないだろう。二人にとって対は人間に酸素が必要であることと同じように、生きるために不可欠な存在なのだ。



「だからお願い、僕の項を噛んで。貴方だけのものにして」



 もう一度エドアルドの胸の中へと飛び込み、背を強く抱き締める。すると、拒むことなく深くまで受け止め、セイを優しい体温で包み込んでくれた。



「――――分かりました、貴方がそこまでの覚悟を決めたというのなら、私も心を決めましょう」

「エド……」

「セイ、私と番になってください」



 耳元で甘く、そして熱く請われる。

 答えは一つしかなかった。

  

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