第7話「日本のヤクザはちょっと不安です」

          【17:30  兵庫県ー明石市中央付近 ビル街 目標地点】


……右手に怪我をした。ちょっと切り傷ができて痛いが、問題はあんまりない。

そして、僕らはおそらく目標地点であるビルの前にやってきていた。ヤクザのものらしき紋章もあるし、間違いなくここだろう。

それは暴力団にしては何の変哲もなく、どうにも市井に溶け込みすぎている様子だ。これでは、普通の会社と何も変わらんな。


「まったく……はい、じゃあ入るから。ちょっと待ってなさいよ!」


先ほどの事があってから、姉御は妙にカリカリしている。別に僕と違って怪我したわけでもないのに、だ。まあそもそもイライラしていたんじゃないか、と考えれば何も言えないが……

それはともかく、姉御がインターホンに近づいていく。しかし僕らも結構近く、まあ会話が聞こえる距離くらいには位置していた。そして、彼女はインターホンのボタンを軽く押す。


「それじゃ、えいっ。」

『……来たか。“コード”は?』

「あー、“マイクMアルファAフォックストロットFインディアIアルファA、3”。」

『……承認する。Benvenutiようこそ in Giappone日本へ, mafieマフィア共.』

Oh, behそうかい, grazie milleそりゃどうも。アンタ達、入室許可が出たわよ。」


……クソみたいに簡単な入室コードだったな。MAFIAが3人、MAFIA3。携帯でこのコードを使えば、間違いなくシステム側から弾かれるレベルの代物だ。正直、このレベルの相手だとは知りたくなかった。

しかし、まあ協力者は多いほうがいい。とりあえず開いた黒く不透明な自動ドアを抜けてみると、そこに立っていたのは角刈りの男。僕らと同じようにスーツを着ているが、こちらとは違って黒色で長袖だ。


「どうも、ミセス・ブラークスの御三方。今回は我々のために遠路はるばるお越しいただき、誠に有難うございます。

それと早速になりまして申し訳ないんですが、組長オヤジがお会いしたいとおっしゃられてまして……ご案内致しますんで、4階の組長の所までお越しいただけますか?」

「ええ、もちろんです。では早速参りましょうか。」

「お手数かけまして申し訳ないです。ほな、こちらですんで。」


相変わらず慣れた様子で日本語の会話をこなした姉御は、あくまで優しい語気を作りながらも僕らの方には雑な感じで手を振って「こちらに来い」と指示をしてきた。

……別に高くもないビルだが、それ故かエレベーターはない。階段だけだ。4階が最高な事もあってか、登る時間自体はかなり短いものである。


「……あの、お兄さん。大丈夫なんですか? 妙に1階に護衛が少ないですが。」

「ああ、私のことは田中とでもお呼びください。

……まあ今の時代、カチコミやら抗争やらはめっきりありませんからねぇ。特攻隊長まで昼間っから酒盛りですから、もう相当な平和っぷりですわ。自分かてもう10年以上はここいますけど、ここ5年……いや、8年はありません。」

「なるほど、そもそも守る必要がないと。では他の方々はどこに?」

「今日は……そうですね、組の連中の半分くらいはシノギに取り立て行ってます。後は晩の買い出し行ったり、麻雀行ったり……で、残った連中は殆ど組長と娘さんのお手伝いです。」


娘さん、というのは今回のVIPだな。まあ防衛の人員がいるなら、別に今わざわざ確認しておく必要もないか。

……まあ、そんな話をしていれば4階分くらいは登りきれるものだ。そうして上に着いた僕らは少しばかり奥まで進んでいくと、明らかに他のそれとはオーラの違う部屋が一つ。そこには家紋があり、装飾が少し施されている。そして上には、“組長室”と書かれた看板もあった。


「……こちらです。今、開けますんで。」


田中と名乗った男は、そう言って部屋のドアを三度ノックする。すると田中さんと同じような服装の男が中からドアを開け、部屋の中に居る存在が顕わになった。

……中央には非常に綺麗な長方形のテーブルが縦向きに置かれ、その両隣には高級そうな椅子が4脚。そしてその更に奥には、まるで大企業の社長かと言わしめる程の高級な木製机と椅子が1つずつ。

……そしてその机の横、壁にある本棚の本を物色するような姿勢で、彼は立っていた。


「組長、こちらが例の“助っ人外国人”です。」

「ん……ああ、そうか。ほな中村、アレ持ってこいや。長山、飯田、お前らも手伝え。」

「わかりました!」

「はい、組長!」


組長、と呼ばれた40代くらいの彼は僕らを見つけると、すぐに部下に何かを取りに行かせる。そして部屋を僕ら3人と彼だけにし、すぐに表情を少し柔らかくして彼は言った。


「いやぁ、どうもどうも! 遠くからようこそ。早速ですが、本題に入りましょか。どうぞ入って座ってくださいよ。」


そんな半袖スーツの彼は、そう言いながら身につけていたサングラスを外して胸ポケットに引っ掛ける。そしてそのまま左側奥の椅子に座り込むと、その椅子からは少しばかり軋む音がした。別に彼は太っていないし、むしろ少しスリムですらあるというのに。


「……ああ、では遠慮なく。失礼致します。」


少しばかり衝撃で面食らっていた僕とタケフミをよそに、姉御は慣れた様子で彼の目の前の椅子に着く。どうも彼女は、こういうのに慣れているようだ。

しかし僕はといえば、まだ少し動揺している。ヤクザというのはもっと暴力的で恐ろしいイメージがあったので、これは意外な事だ。タケフミも同じようなもんだろう。


「ほら、ルースもタケフミもさっさと座りなさいな。話が始まらないでしょ?」

「……ああ、では私も失礼します。」

「し、失礼します。」


そんな僕らのケツを、姉御は容赦なく蹴り上げる。少しイライラした様子で、姉御は僕らに座れと言ってきた。

それに引っ張られ、僕は姉御の横。そしてタケフミは、組長の横に。そうして全員座ると、最初に口を開いたのは組長だった。


「今、若いもんには皆さんに渡すための武器を取らせに行っとります。銃やらナイフやら、色々ありまっせ? 少なくともワシらが用意できる中では、最高のもんを持って来とります。」

「頼もしいですね。それで、防衛対象はあなたの娘さん……で、よろしかったでしょうか?」

「その通り……と言うても、ワシらもよう分かっとりませんけどね。むしろあんた方の方が、その辺はよう知っとられますのと違う?」

「まあ、そうですね。こちらが知っているのはあなた方の娘さんが誘拐される可能性が非常に高いという事、そしてその先にある狙いはあなた方の組織が占有している武器、金銭のルートであるという事です。」

「で、それを無償で守ってくれると。まあ有難いこっちゃけど、ちょっと俄かには信じられませんわな。

……それに、そこの兄ちゃんなんてどう見たって日本人やないか。それに、あんたらもアジア人顔やし。ほんまにマフィアのもんなんか? 

……そこの君。どうや、なんかイタリア語でも喋ってみてくれや。」


なんと適当な振り方。しかし、まあ僕らがマフィアに見えないという事も自分の娘が攻撃されようとしているという事も信じられなくて当たり前ではあるが。

……まあ、仕方ない。


「……Non incontrare membri di altre organizzazioni da soli, se non in presenza di una terza persona.Non toccare le mogli dei familiari.Non fraternizzare con membri della polizia.Non……」

「お、おう! わかったわかった。おし、お前はほんまにマフィアのもんやな。向こうから送られて来た情報にも間違いはないっぽいし……わかった、信じようやないか。」


……あんまり分かってないか。しかし彼も別に僕を疑ってはいないようだし、まあいいとしよう。

と、そんな会話が終わる直前。突然、部屋のドアが3回ほどノックされた……。







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