マザーク共和国戦線 2
「久々に来たけど、相変わらず砂漠しかないにゃ...」
一頭の馬に跨る猫耳と尻尾を持つ人の形をしたミケはマザーク共和国の国境に差し掛かっていた。
鞍袋から双眼鏡を取り出し周囲を確認する。
「こんな時でも国境警備は厳重にゃ。すんなり入れると思ったんにゃけどにゃー。それにしても夜は冷えるにゃ...」
警備の配置を一通り確認した後フードを被り、馬に身を寄せるように突っ伏し国境警備をどう切り抜けるか思案し始めた。
平常時のマザークであれば通行証を必要としない為、誰でも簡単に入国が可能だ。
しかし、戦地となったこの国は今やどの国よりも厳しい防衛線を敷いている。
「んにゃ。やっぱ交代のタイミングを見計らうしかないかにゃ。」
ミケは恐らく早朝に行われるであろう警備の交代に期待し、時間の経過を待つ事にした矢先、突然の爆発音に慌てて上体を起こし、音のする方向へ視線を向けた。
「にゃ!?」
ミケと同様に警備兵達も一同に爆発音に反応する。
警備兵の動揺を彼女は見逃さなかった。
双眼鏡を構えるミケの口角は上がっていた。
「チャンスにゃ」
——————
夜空には重たい黒煙が広がり、燃え盛る市街地から立ち上る炎が、夜空を照らしていた。
建物は次々と炎に飲み込まれ、火花がまるで紅い雪のように降り注いでいる。
その中で二人の人物が丘の上に立ち、燃える町を見つめていた。
シュアは拳を握りしめ、憤りを隠そうともしない。
彼の目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「これで本当にいいんだよな?俺達の故郷だぞ...」
コリンは静かに頷き、遠くで響く木材の崩れる音や、燃え落ちる建物の呻き声に耳を傾けていた。
「僕達はこの戦争に勝てる見込みが無かった。だけど...今、勝利は目の前まで来ているんだ。僕たちが選ぶ道が、ここで試されています。」
炎の熱気が彼らの顔に当たり、影を揺らめかせる。
どこかで一つの建物が崩れ、火柱が天を突き刺した。
二人の間には、沈黙が漂う。
炎の前に立ち尽くすその姿は、決意、希望と喪失の交錯する瞬間を象徴していた。
「避難民は全員無事ポルトットへ到着したようです!」
2人に兵士が駆け寄り、避難民が隣国ポルトットへ入国した事を告げられる。
「良かった...。」
安堵のため息を漏らすコリン。
シュアはこれまでのコリンの働きを労うように優しく肩を叩いた。
「諦めずに同盟の交渉を続けて良かったな」
「はい...でも、ハニが来てくれなかったら今頃どうなっていたか。」
「ああ。アイツはすげえよ。勝利の女神かもな。」
薄っすらと笑顔を浮かべて話すシュアにコリンも嬉しそうに頷いた。
「さぁ、計画通りいけば奴等が攻め入ってくる手筈だったよな」
「はい。ポルトットの軍勢も夜明けには到着する」
「そんで上手くいけばランス国に流れ込んでモリスの野郎の首を取ると...」
二人の会話を聞いていた伝令兵は今後の作戦について共有されているものの、流動的な対応を求められるいち兵士には、事の経緯や詳細までを知るに至っておらず、僭越ながら二人に声をかけた。
「あの...」
「ん?どうした?」
シュアが兵士の方に顔を向け答える。
「ポルトット帝国が裏切らない保証はあるのでしょうか...?ランス国との貿易も盛んでしたし...モリス国王や教皇とも親睦が深かったかと...」
不安そうに話す兵士を優しい眼差しで聞いていたコリンはゆっくりと口を開いた。
「心配かい?」
「おそれながら...。この数ヶ月危険を冒してでもコリン様が何度も足を運んでも首を立てに振らなかったのに。こうも急に...皆もまだ不安がっています。生まれ育ったこの街の爆破を目の当たりにして動揺しない者はおりません。」
伝令兵の最後の言葉はコリンにも痛く突き刺さった。
コリンやシュアにとっても故郷であるこの街は今、悲惨な惨状である事は間違いない。
しかし、それでもコリンは優しく微笑み、燃える街に目線を移し答えた。
「大丈夫だよ。必ず上手くいくから。」
——————
爆発と暗闇に乗じて上手く国境を越えたミケだったが、自陣の爆破にも持ち場を離れない警備の目を潜るのは一苦労だった。
「あいつらにゃんにゃんだ...ぽかんとして駆けつけもしないにゃんて...」
何か不気味な雰囲気を感じつつも、爆発が起きた市街地の方へ歩みを続ける。
国境から市街地まではそう遠くはないが、馬を乗り捨て徒歩で向かうにはかなり労力がいる。
慣れない砂漠地帯を徒歩で進み、少ない岩場を頼りに身を隠しながらの隠密行動による精神のすり減り。
アダムの命で調査任務を行う事は多々あるものの、ここまで過酷な環境は中々ない経験だった。
「意図は分からにゃいけど、恐らくランス国の
月明かりがわずかに砂漠を照らす中、ミケは闇に紛れるようにして足音を立てないように慎重に歩みを進める。
砂がサラサラと滑り落ちる音さえも気にしながら、一歩一歩を丁寧に運ぶ。
ミケは周囲に潜む危険を警戒しつつ、静寂を破ることなく進む。
風が頬を撫でるたびに、砂の粒が音もなく舞い上がり、足跡を消し去る。
高台から見張る警備兵が操作する照明に当たらぬよう、ミケは瞬時にしゃがみ込み、岩陰や砂丘の影に身を潜める。
徐々に近づく市街地から聞こえてくる火花の音が静寂を打ち破っていく中で、ミケは自分の鼓動すらも抑え込むようにして、息を潜めていた。
「あ、こんばんは」
——————は?
ミケは完全に虚を突かれた。
これまで盗み、尾行、侵入、暗殺と行ってきたがこんな場面に出くわした事がない。
慣れない環境とはいえ、細心の注意を払っていたはずなのに。
まるで待っていたかのように挨拶をされた事なんて。
冷え込む砂漠地帯でミケは冷や汗を浮かべながら、声の主へ顔向けた。
「あ、あの、はじめまして。ハニと申します。少しお話しませんか...?」
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