そして



 彼女はあからさまに目を細め、馬鹿にするようにセリーナをめつけた。


「器量良しの村の子たちが何度出したってダメなものを、あなたが?!」


 そして笑った。

 含み笑いが次第に大きくなっていくのを、セリーナは胸を裂かれる想いで聞いていた。ひとしきり笑ったあと、彼女の口から吐き捨てられた言葉は——。


「ばっかじゃないの?! 、何にもなれるはずがないじゃない……!」




 すっかり消沈したまま家に帰った彼女を待ちうけていたのは、呑気な母親の抱擁だ。セリーナの母イリスは根っから天然な人で、何と言うか、気立は良いが空気が読めない。


「アベルと会ったんでしょう! 彼はなんて?!」


 セリーナの顔色なんかそっちのけで、嬉々とはしゃいで美しい面輪おもわを輝かせるのでほとほと困ってしまう。


 ——お母さん、今は聞かないで……


「ア……アベルったら、エライザのことで相談があったみたい……で」


 泣きたい気持ちを必死でこらえ、青ざめたまま『笑顔』を取り繕えば、母イリスは艶やかな白金しろがねの髪を頭の上にくるりとまとめ直し、再びかぼちゃを切り始める。


「エライザの事って、またどうしてあなたに?」


 肩越しに振り返り、丸いエメラルドグリーンの両眼を大きく見開いて首をかしげる母親は娘の目から見ても若々しく、愛らしい。

 だけど。


 ——お願いだから……!


「あら?!」


 イリスの長いまつ毛が揺れ、娘が抱える大きな封筒に視線を落とした。


「その白い封筒、志願書じゃないの……?! とうとうその気になったのね。お母さん嬉しい!」


 台所を放り出し、セリーナを思い切り抱きしめる。

 そんな母の喧騒に「お姉ちゃんどうしたの?」と弟のルカまでが居間から顔を覗かせた。


「あなたには、できればこの村にとどまらずに、もっと広くて明るい世界を見て欲しいの。私は……お母さんは、そうしたくてもできなかった。だからあなたには……」


 セリーナと同じ、碧色みどりいろの目。

 子煩悩で、父親とこの村が大好きなはずの母親がそんなふうに思っていたなんて考えたこともなかった。


「お姉ちゃん宮廷に行くの?! すごーいっ!!」


 可愛い弟は十歳になったばかりだ。

 年齢の離れた姉を心から慕っているルカは、宮廷という言葉を聞いて父親譲りの青い瞳をきらきら輝かせている。


「それにね、セリーナ。お母さんは……宮廷での生活が、あなたを変えてくれるかも知れないって、思うの。ここには存在しない、あなたにとって特別なと、出逢えるかも知れない」


 ——お母さんは、私が使用人に採用されるって、本気で思っているの……?




 自室に戻ったとたん、こらえていたものが一気に溢れ出した。大きな封筒を抱えたまま号泣してしまう。


 ——薔薇園になんか行かなければ良かった。

 役所になんか行かなければ良かった。


 書類が入った封筒を乱雑に机の端っこに置く。

 三日後の期限が過ぎてしまえば、捨てたって母親は何も言わないだろう。


 ——そう、役場で会ったあの子が言った通り。

 私なんか何にもなれる筈がないのだから。

 公募に出願などしない。

 今年も来年も、その次だって同じよ……ダメに決まっているもの。


 選考に落ちたという新たな汚名はすぐ狭い村中に広まり、彼女を馬鹿にした子達は笑いの種が増えたと喜ぶだろう。

 セリーナは、彼ら若者の鬱屈の捌け口なのだから。


 ——これ以上恥をかきたくない……!


「お母さんごめんなさい。私は、ずっと私のまんまなの。だから一生家族と共にこの場所で生き、そして死んでいくだけ——」


 狭くて薄暗い部屋の天井を見上げる。

 涙がこれ以上こぼれ落ちないように。


 ——この小さな世界が、私の生涯。



 数日後。

 父とともに畑仕事を終えたセリーナはふと思い出す。

 夕日は既に落ちていた。


 そう言えば使用人の公募、今日までだった。

 これで良かった……良かったのだ。


 家に入ると、満面の笑顔を浮かべたイリスが言葉を放った。


「セリーナ、おかえりなさいっ。忘れていたみたいだから、出願書類、代わりに書いて出しておいたわよぉっ!」




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