とある令嬢の神殿行き
サラの葬儀は、本当に親族間だけで行われた。
本来ならば神官を呼んで仰々しく行われるのだが、神官を呼べば呪われていたことが露呈する。結局は墓地に連れてきて、さっさとサラを埋めて誤魔化すことにしたのだ。
セレストは石化したサラに泣き崩れるライラ、泣いている久々に見た父を、どこか冷えた心持ちで見ていた。
葬儀は滞りなく終わったところで、「お姉様」とライラに話しかけられた。
「……なに?」
「お姉様の婚約者、わたくしがいただいてもよろしい? アントンはずっとわたくしの元に通っていましたもの」
「……もう勝手にして」
「でもお姉様、このお体では残念ながらもう次の婚姻を結ぶのは不可能ですわね?」
「なにが言いたいのかしら?」
セレストに回った冷えはどこまでも彼女の体を、心を回っていく。
外見こそサラによく似ていたものの、両親の悪いところ取りしたライラの性格だけは、どうしようもなかった。
「だってお姉様、髪も手もボロボロ。貴族のものとは思えないじゃありませんか」
「……」
実際にサラの介護のため、セレストの手は酷使し過ぎてひび割れ、爪先も欠けてしまって縦筋が入る有様だった。
おまけにセレストの短い髪は本来ならば神殿の巫女のもの。髪を伸ばすことも編み上げることもできない長さは怠惰の証、貴族として認められないものであった。
時間をかければ髪も肌も元には戻るだろうが、それでも既にセレストの年齢は二十歳を越え、この国においての行き遅れと呼ばれて差し支えない年齢に差し掛かっていた。
「お姉様、我が家はわたくしたちで守りますから、残りの人生は神嫁としてお過ごしくださいませ」
「……そう。お義母様の聖書はいただいてきます」
「あら? お姉様はそこまで神殿に対して従順でしたっけ?」
「あなたの実のお母様のものですもの。許可をいただいたまでよ」
「そう……? お母様の聖書なんて知らないけれど、欲しいならもらってくださればと」
「ええ。もらっていきます」
セレストは許可を取ると、堂々とサラの遺した聖書を鞄に入れた。
神殿に入るということは、この家との縁を切るということ。既に父は愛人に肩入れしているし、ライラにもアントンにも愛想が尽きていた。
なによりも。セレストからしてみれば、サラの介護をしている間にめまぐるしく世界が変わっていたため、もうどうでもいいと自棄を起こしていた。
(……呪いのせいでなにもかも滅茶苦茶になったのだもの。せめて神殿で残りの人生食うのに困らない生活を送らせてもらえないと、割に合わないわ……でも神殿ってそういう感覚で入るところじゃないと思うの)
本来、神殿では巫女になった者たちは還俗することなく、神殿で奉仕活動を続けることとなる。聖女として国に祭り上げられるのならばまた話は変わるのだろうが。この数年聖女という存在が神殿に現れたことは、セレストも聞いたことがなかった。
****
自領を出て、馬車で揺られることしばし。
森が拓けた先に、白亜の建物が見えてきた。この付近で一番大きな神殿であり、呪いのかかった人々の療養所も兼ねている。
もっとも、貴族は爵位の問題で解呪を積極的に受けに行かないため、療養しているのはもっぱら解呪士を雇う余裕のない平民や商家の人々であった。
「ありがとうございます」
セレストは鞄を持ち、御者にお礼を言ってから、馬車を降りた。
鞄の中にはサラの遺した聖書がある。それを巫女に見せたらなんらかの加護がある。それを信じて、セレストは神殿に足を一歩踏み入れたのだった。
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