第9話 スラム

スラム

 先ほどからザアザアと雨が降る道を、わたしとテンはネオン輝く傘のようなものをさして歩いていた。こんな傘、ゲームでしか見たことない。「ださっ」と驚愕したけども、これしか雨を防ぐ方法はないらしい。文明進んでるなら、なんかこう自分の頭上だけガード出来るような画期的なものは発明されていいのに。結局は傘は最強なのだと思い知らされた。

 スラムと呼ばれるここは、それでも100年前の東京であるらしい。場所は分からないけど、至る所に日本語がある。朽ちたデジタルサイネージが頑張ってチカチカとサインを送る様は、歌舞伎町に似てるなあとも思った。

 通りを見ると、肌けた女の人たちが多くてちょっと目のやり場に困る。ほぼ見えてるじゃん!そう思いテンを見ると、別になんともない風にスタスタと歩く。

 (あぁ、慣れてんのね。これが彼らの日常なんだ)

 そう実感した。

 体の義体化。よくわからない食べ物。ギラギラと光るネオンに反比例したスラムの人々の生活様。裕福ではないのが分かる。それでもこの文明が発達した都市に合わせようと、精一杯背伸びをしているような、ガラクタを寄せ集めてできた城。そこに住む人々。

 (私、本当に未来に、来ちゃったんだ……)

 夢じゃない。ゲームでもない。現実。

 隕石が衝突した地球で人類はそれでも生きていた。


 ブレイクスルー


 文明が発達する時に起こるもの。

 1から2、3と進むのではなく、1から100へと一気に駆け上がる。それがブレイクスルー。

 隕石の衝突後に何が起きたのかは分からない。だが何かがきっかけで、人体の義体化やらデジタルの発達がおきたのだ。


 だけどやはり、どこか退廃的で。一部分が発達して、それ以外は100年前とそんなに変わらないと思う。それが現実感のない感覚を私に植え付ける。


 睦合う女たち。男を誘う少年。自らの首に機械を差し込む老人。

 ギラギラとネオンが赤や緑、青、ピンクと輝く。

 そこかしこに煙と油の匂いを撒き散らす屋台。

 隻眼の男が何かの部品を売る店。

 ガヤガヤと活気があるが、人々の目は希望の光を宿していない。どこか未来を諦めたようなそんな感じだった。


「おい、遅れるな。また攫われたりしたらかなわん」

「はいはい。ちょっと観光してただけじゃん。初めて見る場所なんだから」

「……俺から離れるなよ」

 そう言って私の手を握りしめるテンに、わたしは柄にもなく照れてしまう。だって!イケメンが手を握ってくるなんて、そんな少女漫画のようなこと、人生で初めてだから!

「ちょっと、テン。これはちょっと……」

 恥ずかしい、と言おうとしたのだが……。


「カノンの体だ。お前自身がどうなろうと構わないが、その体を使っているなら注意を払ってくれ。傷一つ残すな」


 このやろう。

 知ってたよ!お前がそんなやろうだってのは!

 でもさ、少しは心配しても良くない?

 二言目にはカノンカノンカノン。

 ゲシュタルト崩壊起こすわっ!


「あの、テンにお願いがあるのだけど!」

「……何を?」

「わたしの名前!ちゃんと呼んで!おい、とかお前、とかやめてほしい。わたしの名前、サキ。目の前にいる顔がカノンちゃんだろうと、今中身はわたしサキなの。テンだってその方が良いでしょ?めんどくさいじゃん。」


 いつまでもオイは本当にむかつくから。

 適当に扱われるのは我慢しよう。ただ名前はちゃんと呼んで欲しい。

 キュルルとカノンちゃんの可愛い顔で懇願すると、テンはため息をついて首を縦に振った。


「確かに、お前とカノンの区別のためにも良いかもな」

「ほらまた!」

「……サキ」


 きゅーん!

 イケボすぎる声で私の名前を呼ぶテンに、またまた照れてしまう。自分からお願いしたくせに!


「大丈夫か?頭沸いたか?」

「うっさい!早くこの通り抜けるわよ。精神衛生的にも良くないからっ!」

「あ、おい。迷うから前を歩くな!後ろにいろ!」


 テンの叫びを無視してわたしはズンズン先を歩く。命令しないでよね!子供じゃないんだから!まあ死ぬ前は高校生だったけども。

 その時。


 ドン!


 何が堅いものにわたしはぶつかり尻を打つ。


「いたっ!」


 文句を言おうと顔を上げると。

 そこには。


 またもや別のタイプのイケメンがそこにいたのであった。

 

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