第4話 由紀の後悔

「ただいまー」

 誰もいない玄関で、私は言った。

「んにゃー」

 足元で何かが鳴いた。

 私の口元が緩む。

 飼い猫の「とらすけ」だ。続けて、白猫の「ホワイト」、黒猫の「くろみ」が駆けてくる。

「いい子にしてた?」

 私が聞くと、3匹そろって、

「な~」と答える。

 足元でじゃれあっている猫たちをかき分け、居間に入る。部屋はまるで澄み切った空のように、何もなかった。強いて言えば、生け花くらいかな。

 私の家はもうすぐ築60年で、ひっそりとした佇まいをしている。それはもう不自然なくらいで、友だちが初めてうちに来た時に必ず家の前で、キョロキョロと歩くほどだ。

 私は、畳の上に無造作にスリーウェイバッグを置いた。そして、その日の宿題を速やかに終わらせる。

 すべて終わった時には、5時を過ぎていた。もうすぐ晴馬が帰ってくる。

 晴馬は、小学校の野球チームのピッチャーだ。そして、3か月後の県大会の出場者でもある。どこも一緒だとは思うが、大会に向けて猛特訓している。もちろん、晴馬も練習中だ。だから、最近は家族の中で私が一番早く帰宅するようになった。毎日誰もいなくて暇だった。

 ドサッと畳の上に寝転がる。

「なーんか面白いことないかなー」

 その時だった。床の間ってさ、なんか棚みたいなのあるじゃん?あの上。そこに一枚の写真があることに気付いた。写真を手に取ると、そこには、私ともう一人のまぶしい笑顔があった。そこで私は思い出す。

「そうだ。これは、加奈と一緒に遊園地に行った時の写真だ」

 一緒にジェットコースターに乗って、ポップコーン食べて、帰りの車では一緒に寝て・・・。

 楽しかった毎日。また、こんな輝かしい生活ができるだろうか。胸が躍るし、同時に痛む。

 私たちは今、ある意味けんか中だ。それを長く続けてはいけないということは判っている。でも、どうしても心の中の なにか が意地を張ろうとしているのだ。それで、今日も加奈につらくあたってしまった。それが心残りでどうしようもない。

「ああ、加奈。私はまた一緒に楽しみたいよ。昔から同じ通学路を通って、笑って。毎日のように、お互いの家で遊んで。戻りたいなあ、あの頃に。楽しかった、あの毎日に」

 なんだか、訳もわからず詩を唱えるようにつぶやいた。頬が涙のせいで冷たくなっている。

 足が、自分を支える力を失う。そのまま私は崩れ落ちた。

「かなあ・・・。うう・・・」

 ガチャリと音がして、晴馬が帰ってきた。

 それでも泣き続けた。弟にもはばからず、ひたすらに、ひたすらに。

 こうやって泣き叫ぶ日が何度続くのだろう。昨日も、おとといも、一週間前も。

 ずっと泣いてばかりいて、でも何もできなくて。

 どうしたらよいのだろう。どうしたら、どうしたら!

 とりあえず場所を変えよう。

 私は振り返って、「お帰り」とだけ言うと、自室に退散した。

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