最終話 あなたが喜ぶことを


「それってカチュア様のことですか? 金色の前髪が長くて、銀縁眼鏡をかけている……?」

「そうそう。へえ、カチュア様っていうのか」

 なんかうっとりしているが。


「あの、カチュア様はセラム教徒ですよ。神官長で、私の上司なんです」

「そうなのか。ところでカチュア様はご結婚は」

「……」


「じゃあ彼氏は?」

「あの、フーランディアはサーニスラ教徒でしたよね」

「違うぞ」

「えっ」

 あれ、そうだっけ?


「俺はメリーテ教徒だ」

「風の神メリーテですか。それって風の魔法を使えるようになるために?」

 フーランディアは頷いた。


「フレイズ王子の旅を少しでも手助けしようと思って、入信して、魔法を覚えたんだ。だからメリーテ教に特に思い入れがあるわけでもないし、いつでもセラム教に改宗できる」


「いやいや、陛下といいフーランディアといい、なんでそう簡単に改宗って言っちゃうんですか。たとえ魔法目的で信仰していたのだとしても、改宗ってのはもっとよく考えてから……」


「改宗する」

「いや、だからね、こういうのは落ち着いて考えないと……」


「俺はもう決めた! 改宗するんだ!」

「いいから落ち着けええ!」


 肩を掴んで揺さぶっていたら、陛下が通りがかった。


「ハルーティ、フーランディアをいじめてはいかん」

「いじめてはいないです」


「可愛がってもいかん。焔で焼くぞ、フーランディアを」

「ええっ! 俺、焼かれるんですか」

「フーランディアが可哀想すぎます。いや、そうじゃなくて説得をしていたんです。だって軽いノリで改宗するっていうんですよ」


 フーランディアは私の手をふりほどくと陛下へと駆け寄り、姿勢を正した。

「陛下、俺は一目惚れをしました!」

「そうか」


「ですので改宗します」

「そうか。我もだ」

 二人は肩を組んで笑いながら行ってしまった。


「もっとちゃんと考えて! ノリで改宗しないで! お願い!」

 私の叫びが通路に虚しく響いた。



☆ ☆ ☆


 部屋に戻ると、カチュア様は窓辺に立って、城の外を見ていた。

「遅くなって済みません」

 振り返った顔には笑みが浮かんでいた。


「いや、なかなかうまくやっているようだな、ハルーティ」

「私、うまくやれているでしょうか?」


「ああ。この約半年で随分と表情が明るくなったようだ」

「明るく? 以前は暗かったですか?」


 上司は何も言わず、ただ笑うばかりだ。


「あ、そうだ。実は相談したいことがあったんです。あのナイフが召喚していた悪霊なんですが、私には見ることができませんでした……」


 陛下の言葉を思い出す。異教徒を愛したせいで神官として力が失われたのではないかと。


「あの、もしかして、異教徒と交流しているから悪霊が見えなくなったとか、そういうことってありますか?」

 もしそうだったらどうしよう。


「そんなことはあり得ないぞ、ハルーティ。我らの女神は寛容なのだ。異教徒とたとえ愛し合ったとしても何も影響はないさ。結婚するならちょっと面倒なことはあるがな。それで、その悪霊というのは、ああ、さっき私が退治したやつもたしかに姿が見えなかったが、あれは闇の魔法で姿を消していたんだ。私たちセラムの神官は、闇の魔法に抵抗する力が弱いからな」


「そうでしたか……」

 ほっと息を吐く。


「闇の魔法を使ったところで悪霊は悪霊。セラムの神聖魔法は通じるから倒すこと自体は容易だったな。それより……ハルーティ」

 上司は私の両肩に手を置いた。


「皇帝に近づき、寄附金をいただくという無茶な仕事をよくこなしてくれた」

「……はい?」

 なんの話?


「陛下からいただいた寄附金で、子どもたちの暮らしもだいぶ楽になった。ありがとうハルーティ」


「ま、待ってください、ちょっとよくわからないんですが、寄附金ですか? 陛下から?」


「なんだ、知らなかったのか。随分前に陛下はうちの教団に寄附してくださったぞ。子どもたちに使ってほしいと」


「そんな……」

 胸元に手をやり、指先でペンダントを探した。そこにあるのは金属のはずで、それなのにとても温かいもののように思えた。


「では、ここでの用も済んだことだし、一緒にゼマリウス山に帰ろう」


「あの! あの……もうちょっとだけ……ここにいてはダメですか」


 カチュア様は私をぎゅーっと抱きしめた。


「そうか、孤児として教団に保護されたハルーティが、とうとう自分の居場所を見つけたか。なら、おまえの望むようにしなさい」


 カチュア様にぎゅうぎゅうに抱きしめられながら、陛下にお礼をしたいなと思った。何か陛下が喜ぶことをしたい。


 どうしたら喜んでくれるかな。


 サソリパンかな、やっぱり。


<第二部 おわり>

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皇帝陛下の深くてちょっと変な愛 ゴオルド @hasupalen

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