第10話 歓迎会的なやつ
「そこまで言われたら、私だって黙ってはいられませんよ、アーシャ!」
そう啖呵を切ったものの、怖くてタメ口は無理だった。呼び捨てがせいぜい。
「私とあなたはそっくりだって、謁見の間でフーランディアから言われたのを忘れたんですか。私がブスということは、つまりアーシャもブスだということなんですよ!」
「んなっ!」
アーシャはわなわなと両手を震わせた。
「似てないじゃない! あたしはあなたなんかに全然似てない!」
「まあ、たしかに私もそれには同意なんですけど……」
そこを城の兵士が通りがかった。
「おや、ハルーティさん、こんにちは。そちらは双子のお姉さんですか? お姉さんもサソリの入ったパンを食うんですか? サソリシスターズ、なんちゃって、だはは!」
兵士はひときしり笑うと去っていった。
「な……な……な……!」
口をぱくぱくしている。酸欠のお魚みたいだ。
「あ、あたしはサソリなんか食べないわよおお!」
そう叫びながら、サソリシスターズ(姉)は走ってどこかへ行ってしまった。
「うーん、なんだろう。私が言うのもなんだけど、アーシャってちょっとアレなのかな?」
ポンコツ的な感じなのかな? 私と全然似てないよね? そうだよね? え、私もポンコツなの?
ちょっと不安になったサソリシスターズ(妹)なのだった。
☆ ☆ ☆
数日後。
夜を待って、アーシャの歓待の宴が開かれた。ちょっと待って、私が城に来たときにはそんなのしてくれなかっ(悲しくなってくるので省略)。
城の大食堂にテーブルがずらりと並べられ、美味しそうな料理や飲み物が大量に用意された。誰でもどれでも自由に召し上がれスタイルの宴で、城の使用人たちも自由に出入りして、飲んだり騒いだりと賑やかしい。
祐筆のエミナも来ていた。部屋の隅で宰相ルタと何やら話し込んでいる。こみ入った話でもあるのだろうか。邪魔しては悪いし、あとでタイミングを見てエミナに声をかけようっと。
美味しそうなご馳走がいっぱいあることだし、ひとまず食事に集中しよう。そう思ったのに、アーシャが陛下の隣に座り、手を取ってしなだれかかったり、顔に触れたりしており、そのたびに陛下が私に「どうだ、今のは妬いたか?」と確認しにくるので、いまいち食事に集中できなかった。
アーシャはすっかりご機嫌斜めになってしまい、早々に退席してしまった。
主役がいなくなってしまったが、料理も飲み物もたっぷりあるし、使用人たちも奇妙なおもしろダンスを踊って盛り上がっているしで、宴は続行された。
「ハルーティ」
お酒の杯を手にした陛下は、私のいるテーブルにやってきて、隣に座った。
「今夜はどのぐらい妬いたか教えてくれぬか」
「う、うーん……」
「照れずに正直に言うがいい」
肩をくっつけて、顔を覗き込んでくる。いつもより距離が近い。酔っているのだろうか。深い青色に囲まれた黒い瞳孔まではっきり見える。海の中に夜空が浮かんでいるみたいだ。
「じゃあ、正直に言います。聞くのが早すぎます」
「どういうことだ」
「だって、さっきもアーシャが陛下の頬を撫でたら、すぐさま嫉妬の確認にいらっしゃったでしょう。早すぎて妬く暇もないですよ。「どうだった?」じゃないんですよ」
「そうか」
「妬かせたいのなら、もうちょっと時間をあけませんと。え、今の何? どういうこと? もしかしてこれが嫉妬という感情なの? みたいなことを考える暇もなく確認にこられてますからね、陛下は」
「そうか」
なぜか陛下は上機嫌だ。
「やきもちを焼かせたいんですよね?」
「それが複雑なのだ」
陛下は杯をあおった。
「ハルーティが嫉妬の感情に乱れるところを見てみたい気持ちと、ハルーティを嫉妬させたら可哀想な気持ちがせめぎ合っているのだ」
「なんなんですか、それは」
喉の渇きをおぼえて、テーブルに並んだ杯の中から適当に一つを選び、手に取ってみた。中に入っているのはお酒のようだ。私は人生で一度もお酒を飲んだことがない。どうだろう、飲んでみるか。少し考える。陛下からの視線を感じる。飲むのか、そして酔うのか、酔ってしまうのかハルーティ、そんな無言の何かを感じて、私は杯から手を離した。
「なんだ、つまらぬ」
あからさまに陛下ががっかりしている。私はジュースが入った杯を探し出して、口に運んだ。甘酸っぱい。柑橘ジュースのようだ。
「初恋の人なんですよね」
誰のことかなんて言うまでもない。
陛下はさっき私が飲もうかと悩んでいた杯を手に取り、あおった。
「私が思い描いていた初恋の人のイメージとはかなり違いました。もしかして昔は違う雰囲気の方だったんですか?」
「いいや、アーシャは昔からああいう感じであったな。自分勝手でポンコツなのだ」
そんなのと似てるんだ……私……。というか、それが初恋なんだ、陛下……。遠い目をしていたら、陛下は何を誤解したのか私の手首を握った。
「我にはもうハルーティしかおらぬ。アーシャのことは過去のことだ。だから、そんなに悲しそうな顔をするな」
「うう、誤解です……」
「悲しませたお詫びに、今夜はハルーティを思い切り可愛がって、とろけるほど甘やかしてやろう」
「それは遠慮します。……あ!」
エミナが大食堂を出ていこうとしている。
「済みません、陛下、ちょっと友だちに挨拶してきます」
椅子から立ち上がり、そちらに向かおうとしたが、手を離してくれない。
「陛下、離してください」
「いやだ」
逆に強く引っ張られて陛下の懐に倒れ込みそうになった。どうにか踏みとどまる。
「初恋は消えた。ハルーティのせいだ」
睨むような、挑むような顔だ。
「我はそなたと出会ってしまった。もう後戻りはできぬ。ハルーティが欲しい。いますぐ抱きしめたい」
私を見上げる瞳が、おとなしく抱かれろと命じていた。熱を帯びた視線を受けて、頬が燃えるようだ。手が熱かった。この手をふりほどけなかったら、何もかもおしまいって気がする。全部奪われて、おしまい。
それは……困る。
私は自由になるほうの手で陛下の頬に触れてみた。指先でそっと滑らかな褐色の肌を撫でるようにくすぐる。青い目が見開かれた。
「いまだぁ! 隙あり!」
力が抜けた陛下の手から勢いよく自分の手を引き抜くと、私はエミナに向かって駆け出した。
「卑怯だぞ、ハルーティ!」
「油断大敵ですよ、皇帝陛下。エミナ待ってー」
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