第2話 金髪に黄色の瞳の王子様

 



 急な目眩を理由に初日をサボった私は、としての初登校の為に、いそいそと身支度を整えていた。


 絹のように美しい白い髪を丸めて、平凡な茶髪の下にしまいこむ。ぐるぐると包帯を巻いて胸を押し潰すと、私はシワひとつない制服に腕を通した。慣れないネクタイをしめるのは、なかなかに難しく、たどたどしい手つきで無駄に時間が掛かってしまう。


 そう、私はすることに決めたのだ。

 という偽名を使って、普通の男子学生として学園生活を送るのだ。


 唯一の懸念点だったお父様の説得も済んだわけで、学園にはお父様から上手く言って貰えるから、もう安心だ。


 リリーは病弱で、学園に通うことが困難だと伝えてあるのだという。白百合の令嬢、美しいリリー・アスセーナにピッタリの設定じゃないか。


 そして、代わりに遠い血縁関係のリーリオが代理で出席する。リリーとリーリオが同一人物であることは、学園の理事長にだけは伝えてあるというし、これで出席日数の問題もクリア出来た。


「声は……元々結構ハスキーな声だから、少し低く喋ればバレないよね。お嬢様言葉も私には使える気がしないし、男子生徒ならやってけそう。うん! なんか、全部上手くいってる感じがする!」


 乙女ゲームのシナリオ開始は入学式の昨日からだ。

 つまり、リリーとして通わなければ、私がヒロインを虐めることも、虐めた疑惑をかけられることもなく、悪役令嬢になることはないというわけだ。


 勿論、念には念を。攻略キャラクターやヒロインに近づかなければ大丈夫だ、と最初は思っていたのだけど、どうしても私のオタク心が疼いてしまったのだ。


『リアルに動いてる推しを近くで見ていたい』


 ヒロインも含めて、どの攻略キャラクターも箱推しの私にとって、この世界は楽園であると言っても過言では無い。


 ならば、と考えた結果が男装、そして『乙女ゲームの友人キャラに成りすます』ことだった。


 ギャルゲーでよく見かける、攻略キャラクターの好感度を教えてくれる友人キャラになれば、ヒロインにも他の攻略キャラクター達にも、合法的に近づくことが出来る。我ながらなんて名案なんだろう。


 つまるところ、私は推しの誘惑に負けたのだ。




 ◇ ◇ ◇




「えぇと……リーリオ、だったかな。突然の編入で、君も戸惑っていることだろう。初日から休学となったリリー・アスセーナ嬢の席が空いているから、そこに座りなさい」


 先生に言われるがまま、は唯一空いている窓際の一番後ろの席へと移動する。


 隣の席には、陽の光でキラキラと輝く金髪に夕日ののような金色の瞳の王子様、シルヴァ・ワトルが座っていた。

 凄い……。同じ人間だとは思えないくらい格好いい……。本物のシルヴァが目の前に存在していることに、思わず感謝の祈りを捧げそうになった。


 シルヴァの金色の瞳が、ボクを捉えて、猫のようにその瞳を細めた。その仕草だけで、ボクの心臓はドクンドクンと高鳴っていた。


「あの、ボクはリーリオ。その、初めまして」


 緊張して声が震えていないだろうか。僕は汗ばんだ手のひらをごしごしと制服の裾で拭くと、シルヴァに右手を差し出した。


 シルヴァが驚いた表情で目を丸くするのが見える。

 何か、変なことをしただろうか?


 首を傾げるボクに、なんでもない、と言ってシルヴァはくくっと楽しそうに笑うと、快く握手に応じてくれた。


「すまない。急に握手を求めてくるから驚いてしまったんだ。僕はシルヴァ。宜しくな、リーリオ」


 その微笑みだけで、世界を救えるんじゃないだろうか。うっかり浄化されそうになったボクは、ギリギリのところで意識を保ってぎこちなく微笑み返した。


 こんなの、一挙手一投足が新スチルも同然じゃないか。どこから見ても顔が良すぎる。


 何も知らずににこにこと微笑みかけてくれるシルヴァに、まだ見ぬ攻略対象達。これから始まる学園生活に、ボクはうきうきと心が弾んでいた。


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