悪役令嬢は男装して、乙女ゲームの友人キャラになりすます~攻略キャラの好感度がボク♂に向けられているんですが!~リーリオの箱庭~

日華てまり

序章

ようこそ、乙女ゲームの世界へ

 



 優雅にごきげんようと挨拶を交わすご令嬢を横目に、私はぽつん、と西洋風の学園らしき建物へと続いている並木道に佇んでいた。


「ん? なに、ここ?」


 生まれも育ちも生粋の日本人であり、特別裕福な家庭で育った訳でもない私には、絶対に無縁である光景に私はひくり、と頬をひきつらせた。


 それもそのはずで、周りには美男美女。それも、髪の色がカラフルなイケメンや美少女しか居ないのだ。こんなにカラフルな髪色の人なんて、秋葉原の若者でしか見たことないよ、と私は心の中で突っ込んだ。


「そもそも、この制服もやけに肌触りがいいし、デザインも可愛いし、周りの人達なんてお嬢様言葉使ってるし、わけわかんない……」


 そう言いかけて、私はこの制服に見覚えがあることに気がついた。


 そう、これは乙女ゲーム『花乙女の箱庭シリーズ』の制服なのだ。


「それって、まさか……私、今流行りの乙女ゲームに転生ってやつに当たっちゃったの!?」


 宝くじでもないのに、まさかの当選発表に私は大きな声で叫んでしまった。

 この学校でこんなに大きな声を出す生徒なんているはずもなくて、訝しげな周りの視線がチクチクと刺さる。


「うぅ……ごめんってば。お願いだから、そんなキラキラした目でこの庶民を見つめるのはやめてよ、お嬢様達……」


 そそくさと人目につかない場所へ移動しようとしていると、こちらを見てひそひそと囁くご令嬢達の声が聞こえてしまった。


「今の大きなお声、もしかしてリリー様が……?」


「そんな訳が無いでしょう。リリー・アスセーナ様は白百合の家紋のご令嬢なのよ。ご覧なさい、あの美しく優雅な佇まいを」


「そうですわよね。リリー様が大声だなんて、そんなにはしたない真似するはずがありませんものね。……私ったら、あの白百合のリリー様を間近で見られて、嬉しさのあまりに幻聴でも聴こえたのでしょうか」


 白百合の家紋。

 リリー・アスセーナ。


 聞き覚えのある名前に、私はさぁ……と青ざめる。


 ほほほ、と精一杯のお嬢様な仕草をしながら、人目につかないところへカサカサと移動すると、私は急いで手鏡を探した。


「この白百合のような真っ白くて長い髪! 透き通った瞳! この美しい顔! 間違えるわけない! 私、リリー・アスセーナになっちゃったんだ……!」


『花乙女の箱庭シリーズ』といえば、花乙女と呼ばれる特別な力を持つヒロインが、花をモチーフにしたカラフルなイケメン達を攻略していく乙女ゲームだ。


 最初に遊べる攻略対象は三人で、赤青黄色の信号機みたいな色の三人が御三家と呼ばれ、メインとなる攻略キャラだったはずだ。


 一人目は文武両道、品行方正、全てにおいて完璧な王子様なシルヴァ・ワトル。

 どうして王子様が学校に通ってるんだってことは置いておいて、比喩ではない正真正銘この国の王子様だ。

 パッケージにも大きく描かれているシルヴァは、女の子の理想をこれでもかというほど詰め込んだ運営の最推しなのだろう。

 王家の象徴であるミモザの花のように、金色の髪と金色の瞳が陽の光を映して、キラキラと輝いている姿はザ王子様だ。何よりも顔がいい。


 二人目はベコニアの家紋のレックス・フローレンス。

 燃えるような赤い髪に、ルビーのような瞳。いかにも明るくて元気な主人公といった風貌の彼は、性格も気さくでヒロインと友人関係からゆっくりと恋愛関係に発展していく過程が丁寧だと、とても評判が良かった。かくいう私も、そのノリの良さが好きだった。


 三人目はネモフィラの家紋のネモ・メンジェシー。

 腰につくくらいの紺色の長い髪を後ろで一つに束ねる姿が特徴的な彼は、攻略キャラクターで唯一の教師キャラだ。

 常に敬語で物腰の柔らかい振る舞いと、大人の余裕に何度も心を奪われたものだ。大人が生徒に手を出すなんて、みたいな突っ込みどころがないように上手く作り込まれていたのもポイントが高かった。


 このゲームのストーリーは、ヒロインの花乙女には人の悪意が黒いモヤのように見えていて、それを特別な力で浄化することが出来るというものだ。


 日曜の朝にやっている女児向けアニメのように、各章で起きる小さな事件を気になるイケメンと一緒に解決しながら、悪意に染った人の浄化を行って、特定のキャラクターと恋愛をするシュミレーションゲームだった。


 私のこの身体、リリー・アスセーナはヒロインへの嫉妬から悪意に飲まれていき、クライマックスとなる事件の浄化対象、つまりは悪役令嬢という奴だ。


 何が問題なのかといえば、昨今の悪役令嬢ブームによって、運営の悪意を一身に引き受けているリリー・アスセーナだけは、どの攻略ルートにいたっても救われないエピソードが多過ぎるのだ。


「ど、どどどどうしよう……。このままじゃ、追放、没落ならマシの、最悪死亡ルートまっしぐらじゃん!」


 あわあわと慌てていてると、校内放送から教師らしき人の声が聞こえてきた。


「新入生の諸君、この学園へようこそ。入学式の会場は、校舎に向かって左側の道を真っ直ぐだ。くれぐれも、遅刻しないように気をつけなさい」


 そうか。

 これはまだ、ゲームが始まる前のオープニングなのだ。

 つまり、リリーわたしはまだヒロインを虐めていないし、私の顔もさっきの道にいた人以外には見られていない。


「よし、決めた! バックれよう!」


 私はリリーの顔に似合わない台詞で、ガッツポーズを取ると、急いで校舎を出ようと制服をがばっと掴んで走り出した。


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