第20話 魔王の溺愛ぶりが暴走したわけ

 アリアナが正式に魔王の妻となった初夜のこと、月明かりに照らされた庭園でふたりきりの静かな時間を過ごしていた。これから同衾するというドキドキのプレッシャーをふたりは感じている。


(はぁーー。緊張するぞ。アリアナに怖い思いをさせないためにも、まずは雰囲気作りだな。それから、少し弱めのお酒を飲ませて緊張をといてもらって・・・・・・うん、それからああしてこうして・・・・・・うんうん)


(はぁーー。緊張するわね。私はどうすればいいのかしら? 考えたら、誰からも結婚後の夫婦の営みについて教わっていないわ。どうしよう? だって、私は王太子の婚約者として働かされていただけだし・・・・・・なにもわからないのよ)


「あのぉーー、私、初夜について、まったく教育されていなくて・・・・・・想像もつかないので・・・・・・なるべく丁寧に優しくご指導いただけると嬉しいです」

 緊張のあまり震えているアリアナに、魔王はキュンときてしまう。


「可愛すぎる・・・・・・どうしよう。我が妃があまりにも可愛すぎる」

 魔王が抱きしめると、アリアナが魔王の有り余った魔力を吸収して、穏やかな光に包まれ始めた。


「やはり、アリアナは私の運命の相手だったのか。もともと魔力が暴走するほどの膨大な魔力量を持つ魔族が妻を娶った場合、その妻が運命の相手であれば、妻は夫の魔力を吸収し、暴走を鎮めることができるのさ。つまり、アリアナが側にいれば、もうジョアンナ妖精に霊薬の原料を取ってきてもらわなくてもいい」


「まぁ。私がダリの役に立てるなんて、嬉しいです」

 アリアナは頬染めて微笑んだ。この後の展開は、甘く甘くどこまでも甘くなるはずだったのだがーー







 しかし、突然、庭園の奥から暗い影が忍び寄ってきた。その影は、魔界の中でも特に過激な魔族至上主義者たちで、アリアナの存在を許せず、アリアナを排除しようと決意していた。

 魔王はアリアナを守るために前に出たが、既に敵は庭園内に散らばり、ふたりを囲んだ。


 魔界では、新婚初夜の儀式が魔界全体の平安と繁栄を祈る重要な時間とされており、この時間に側近や護衛が立ち会うことは、儀式の神聖性を損なうとされていた。なので、新婚初夜の儀式の間は、側近や護衛たちは特定の魔界の聖地で魔界全体の安定を祈り、魔王とアリアナの幸福を祈願していたのだ。


 その隙をついた巧妙な刺客たちに、魔王は怒りに震えた。敵のリーダーが前に出て、冷酷な笑みを浮かべながら言う。

「人間が魔界の王妃になるなど許されないことです。魔王様は偉大な王でしょう? 考え直してください。その人間の女を殺し、魔族から花嫁を娶るべきです!」

 その言葉に、刺客たちが一斉に賛同の声を上げ、襲撃の態勢を整える。

「私の妃はアリアナだけだ。他の妃を娶る気はないし、側妃もいらん。無駄なことはやめて、さっさとこの場を立ち去れ」

「残念です。でしたら、その女には死んでもらうしかありません。そうすれば、魔王様も正気に戻るでしょう」

 刺客たちの狙いはアリアナだけ。しかし、アリアナをこよなく愛する魔王が、それを黙って見ているわけがないのだ。


 魔王は魔力を高め、周囲に放射状に広がる魔法の防壁でアリアナを包んだ。しかし、魔族たちは巧妙にその防壁を突破しようと、ざまざまな策を講じる。魔王の顔には愛する者を守るための決意と刺客たちへの激しい憎悪が浮かぶ。


「愚か者たちめ! 私の限界もこれまでだ。私の最愛を害する者は決して許さない! 死をもってその罪をあがなえ」

 魔王は叫びながら、強大な魔法の力を解き放つ。空気が震え強烈な光が暗闇を照らし出し、刺客たちは次々と倒れ息絶えた。


 その怒りは凄まじく、魔力の暴走をはじめた魔王を、アリアナは優しく抱きしめた。

「ダリ。もう悪者たちは息絶えました。私もどこも怪我はしていません。落ち着いて、深呼吸をしてください」

 アリアナに抱きしめられた魔王は、徐々に落ち着きを取り戻していった。



 

 しかし、アリアナ暗殺未遂事件は魔王の心に暗い影を落とした。なぜなら、それからというもの、魔王の執拗なまでの過保護が始まったのだから。

 魔王の心には、アリアナが再び危険にさらされるのではないかという恐怖が深く根ざしていた。それは、彼女を深く愛するがゆえの、重く耐え難い恐怖であった。

 そこで、魔王は彼女が危険に遭うことを避けるため、『魔王妃の間』に彼女を閉じ込めようと考えついた。


「アリアナはこの部屋から一歩も出てはいけない。また刺客が来たらどうする? 内側からしっかり鍵をかけ、私以外を入れてはいけないよ。もちろん、うっかりアリアナが外に出ないように魔法をかけてあげよう」

 魔王の言葉にアリアナは困惑した。『魔王妃の間』の窓さえふさごうとしたからだ。アリアナはその異常な言動に戸惑いながらも、魔王の愛がどれほど深いかを痛感した。しかし、これに従うことはできそうもない。


「ダリ、聞いて。一生、この部屋のなかで生きていくなんて耐えられません。ダリ以外の人とも会話を楽しみたいですし、庭園を散歩したり、魔王城の外で開催される市場や、これから開かれるお祭りも見物したいです。ダリと一緒にいるだけで幸せですけれど、『魔王妃の間』に隔離されるのは悲しすぎます。ダリだって、私が悲しい気持ちになるのは嫌ですよね?」


「・・・・・・たしかに、極端な発想だったな。アリアナ、すまない。それなら、ずっと私の側にいてくれ。私が執務室にいるときも、『評議の間』にいるときも、リオンと一緒に軍隊の訓練を行っているときもだ」

「ダリが臣下たちから笑われますわ。あまりにも妻べったりの魔王だと、からかわれたりしませんか?」

「からかわれることなど気にはしない。そんな者は可哀想な奴なのだ。運命の相手に巡り会えなかった者の僻みとして、温かい気持ちで受け止めるまでだ」

「はぁ・・・・・・わかりました」


 これ以降、魔王の膝がアリアナの定位置になったことは、言うまでもない。




 

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