六殺鬼が救世主ってどうなの?

ゆざめ

ω

第1話 1人の少年

 ここに1人の少年がいる。


「へぇ、ここがラゼルの空気か。

 ちょっと嫌いかも」


 今この少年がいるラゼルは、アッセンデルトで1番大きな国であると同時に、1番多くの闇が潜んでいる国でもある。


「なぁ嬢ちゃん、金のためなんだよ。

 頼むから死んでくれねぇか」


「い、いやっ……!」


 ほらっ、こんな風にね。


 陽の光が届かない薄暗く不気味な路地裏。

 当然、国民でさえ滅多に近づくことは無い。


「えー、逃げちゃうのー?」


 そして今まさに、目の前で高貴な赤ドレスを着た少女が1人、ガタイのいい男に命を狙われている。


「あーあ、残念。

 どうやら行き止まりみたいだな」


「こ、来ないで……!」


 残念なことに、これがラゼルの日常なのだ。


「誰か、助けて……!」


 勢いよく走ってきた金髪少女を華麗に飛び越えた少年は、消していた気配を元に戻した。


 果たして、少年はこんな行き止まりで何をしていたのだろうか。


「ねぇ、そこの君。ちょっといい?」


「うわっ、お化け!?」


 尻もちを付きながら、少女は確かにそう叫んだ。


「えっ、お化け……? もしかしてそれ、俺のこと?」


 しかもなぜか、男に追われている時より怖がって見える。


「……はっ?」


 (このガキ、どっから来やがった……?

 この俺が、まるで気配を感じ取れなかっただと……?)


「ふーん、そっかそっか」


 (この男、鬼術が使えるだけの雑魚だ)


 少年は早い段階でその事に気がついた。


「いや、この際お化けでも何でもいいです!

 だからお願いします!

 どうか、どうか私をお助けください!」


 少女は少年(お化け)に対して頭を下げる。


 (うわぁ……お化けに頭下げるとか、流石に追い詰められすぎでしょ)


 少年は渋々、この可哀想な少女を助けることにした。


「いいよ。それで、この男の人は知り合い?」


「えっ、お金ですか……!?

 生憎今は持ち合わせがなくて……」


「はぁ、君は1回落ち着いた方がいいね。

 いいかい、耳の穴かっぽじってよく聞いて。

 俺は今、あの男と知り合いなのかって聞いてるんだよ」


 (なるほど、答えはNoか)


 直後、少女は首を激しく横に振る。


「あんなキモイやつ知りません!」


「うん、そうだろうね」


「えっ……? ならどうして聞いたんですか!?」


「だって俺、鬼眼持ちだから」


「へぇ、それは魔眼なんですか……って、全然答えになってないですよ!」


「うーん……まぁ、魔眼でいいかな。めんどくさいし」


 少年が鬼眼を光らせ顔を近づけると、少女は顔を赤らめ、視線を横に逸らした。


「ち、近いです……」


 当然と言えば当然だが、少年の鬼眼は光っているように見えただけで、特に何の効果もない。


 だって、もしこんなか弱そうな少女に鬼眼の力を使ってしまったら……。


 それが分からない少年では無い。


「あっ、ごめんね」


「い、いえ……」


 (ち、近ぁぁぁぁぁぁぁぁ!)


 一方その頃、男は何かに気づいたらしく、勝ち誇った表情を浮かべていた。


「そうか、分かったぞ。

 さてはこのガキ、鬼力がねぇんだな。

 だからネズミみてぇにチョロチョロと……けっ、まじでムカつく」


 ちなみに、この少年は自ら、己の鬼力に制限をかけている。


 つまり、この男は『酷い勘違いをしているのにも関わらず、勝ち誇っている情けない男』になる訳だ。


「あー可哀想に」


「おい兄ちゃん、ナンパなら別のやつにしてくれねぇか?

 これでも一応仕事なんでな」


 自信を得た男が少年を睨むと、少女の顔が再び恐怖に染まった。


「ナンパって……それより君、そんなにあいつが怖いの?」


 少女は静かに頷く。


「ふーん、なら仕方ない。

 この俺が特別に、あいつのヘイトを買ってやろう」


「えっ……?」


 この時、少年の心は騒いでいた。


 (これ、絶対楽しいやつじゃん!)


「おい、聞いてんのか?」


「おっと、これは失礼しました。

 ところで、お前名前は?」


 少年が振り返ると、路地裏に冷たい風が吹き込み、男に視線を向けると、暖かい風が吹き込んだ。

 その空間はまさしく、異様という言葉がよく似合う。


「これってもしかして、鬼力風……?」


 そう呟く少女の足元に、散乱していた空き缶が次々と集まっていく。


 (へぇ、鬼力風が分かるのか)


「それ、正解だよ」


「やっぱり」


 (でもなぜだ?

 俺の鬼力隠蔽は確かに完璧だった。

 しかも、あの程度で鬼力風が吹くとは考えにくい)


 鬼力風とは、鬼力の強い者を天から遠ざけようとする不思議な風、もしくは力のことを指す。


「あっはっは! この俺に対してお前だと?

 面白い! 面白いぜくそガキ!

 なら、冥土の土産に教えてやろう。

 俺は殺し屋ギルド神のみちびき所属、二等兵のビース・ウォルコットだ」


 (あっそういえば、こんな男もいたな。

 影が薄すぎて、危うく忘れるところだった。ふぅ、危ない危ない)


 ビースと名乗ったその男は、羽織っていた厚手の黒コートを脱ぎ捨て、鍛え抜かれた筋肉を見せつける。


「えっ、タンクトップ……?

 今って冬だよね……?」


 腕に彫られた龍のタトゥーは、なぜか少年を睨んでいるように見える。


「うーん……俺はシュウでいいや。

 シュウ・デルモンド、それが俺の名前」


「へぇ、シュウさんっていうのか……一応覚えとこ」


 名乗り返した少年は、右手を前に差し出し、ビースに握手を求めた。


「よろしくね」


 しかし、少年の鬼眼は言っている。


 相手に握手する意思は無い、と。


 (でもまぁ、それならそれで何も問題はない。

 というか寧ろ、ありがとうって感じだ)


 心の中でそう呟き、少年は不気味に笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る