episode 14 砕け散ったプライド
瑞樹志乃視点
とんでもない場に出くわしてしまった。
色々な事があり過ぎて、現在トイレに駆け込んで頭の中を整理してる。
眠っていたあの人に近付いて起きてしまいそうになったから、咄嗟に建物の陰に隠れた。
その後に英語Aクラス担当の藤崎先生が、缶ビールを持ってあの人に声をかけてきたんだ。
そして缶を突き合ってビールを飲んでたんだけど、そこから今日の講義とかの話をしてた。あと、モテるとかモテないとか……。
その時の話の内容が何を指しているのかは分からなかったんだけど、藤崎先生とあの人が何かの勝負をしてるみたい。
雇用条件がどうのって言ってたけど、私にはなんの事だか分らなかった。
そして、藤崎先生はあの人にその勝負から降りて欲しいと言った。私はそれまでは勝負と言ってもゲーム感覚なもので、例えば負けた方がご飯を奢るとかその程度の勝負だと思ってたんだけど、藤崎先生の次の言葉でその意識は一瞬にして消し飛んだ。
『はい。もし聞き入れて下さったら、この合宿期間――私を好きなようにして下さって構いません』
……え? ちょっと待って? 私を好きにって……それって、そういう事……だよね。
いくら男嫌いを拗らせてる私だって女を17年やってきたんだから、藤崎先生の言ってる意味くらい分かる……分かるけど、そんな事までするほどの勝負って一体なんなの!? というか、不潔よ! 不潔!
しかもあの人はまだ返事してないのに、藤崎先生は自信満々って感じで首元に両腕を回して……回して……キ、キキッ
でも、もう数センチって所まで顔を近づけた藤崎先生をあの人は拒否した。それはキスを拒否しただけじゃなくて、藤崎先生の頼みそのものを拒否した。
体を代償にした頼みを断られた藤崎先生はプライドを傷つけたれたからか、興味がないと言ったあの人に激怒して女の顔を捨て去って怒鳴った。
そんな藤崎先生に向けて言ったあの人の言葉が、今も頭の中を巡っている。
『それこそふざけてますよ。僕達は生徒達に講義をする為にここにいるんです。藤崎先生と白黒つける為にいるわけではありません』
『ここにいる生徒達は目指してる大学に合格する為に、高い金払ってんだぞ?
『ばーか。アンタはいつから経営側の人間になったんだ?
正直に言うと私は藤崎先生の言う事も一理あるって思ってる。というか、先生達だってゼミで講義してお給料を貰って生活してるわけなんだから、お父さん達みたいなサラリーマンと変わらない。
だからあの人の言う事は理想論であって、綺麗ごとだって言う藤崎先生は間違ってない……はずなのに、あの人が言うと何でこんなに響くんだろう。
更にあの人の言葉が続く。
『ガキ共の票が欲しくてご機嫌取りばっか必死で、あいつらの中身を理解しようとした事あんのかよ』
『アンタはガキ共を自分が安定した生活を送る為の――駒くらいにしか見てねえんだろうが!!』
『雇用を手に入れる為に取り繕う暇があったら、ガキ共と同じ目標に向かって一緒に努力しろ! その先にアンタの望んでるものがあるんだ――勘違いしてんじゃねえよ』
(……ああ、盗み聞きなんてしなければよかった。あんなの聞いちゃったら、罪悪感に押し潰されそうになる)
「……もう……ホントになんなのあの人」
これまで生きてきて、あっという間に私の中に居座った人なんていない。それは罪悪感が原因なのか、そうでないのか……もう分からなくなってきた。
そんな人とこれから7日間もの間、講師と生徒として一緒にいる事になる。勿論受験勉強の為にここにいるんだから、そこに手を抜くなんて有り得ないんだけど……それだけに集中する事も出来そうにない。
☆★
藤崎真由美視点
悔しくて何も言えなかった。
この悔しさは女のプライドを傷つけられたからなのか、私の本心を全否定された事なのか……それとも両方なのか。
とにかく
しかも村田がBクラスを担当するんだから、当然私が採用試験に合格するものだと確信してた――そう……してたんだ。
だけど、生徒達が来る前の事前ブリーフィングで初めて知った事。Cクラスを担当する講師が天谷社長の推薦で参加している事を。てっきり確か酒井って奴がCクラスを担当すると思ってた。2次試験の時に残ってたのがそいつだったから。
つまりこれまでの試験を受ける事なく最終試験に参加してる
ふざけんなって話だ。こっちは少しでも余裕のある生活がしたくて必死に高い倍率の壁をここまで登ってきたってのに、最後の最後でそんな人間が混じってたんだから。
だから単純に勝つだけじゃなくて、心をへし折ってやりたくて講義が始まる前からプレッシャーをかけたり、とにかく格の違いを見せつけて負かすつもりだった。
(……でも、あんな講義を見せられたら)
講義の時間を削って出席をとりだした時は、なんのパフォーマンスだと鼻で笑った。
だけど、あんな講義をされたら出席をとる事だって必須だったんじゃないかと思わされた。
後にstorymagicと名付けられた講義方を目の当たりにして、心の底から恐怖を感じた。正規雇用を勝ち取った後の生活や私を見捨てた親達を見返すという野望。それらが手元から滑り落ちていく感覚に陥った私は、今日一日必死に講義を展開した。
……だけど、結果は芳しくなくて、Aクラスの生徒達の心の溜息が聞こえた気がした。
兎に角どんな手を使ってでも諦めたくなくて、女を使って
昔から外見には自信があって、10代の頃はこれだけで生きていけるって本気で思ってたんだけど、社会に出て出会った私に相応しい高スペックの男に、結婚の話をチラつかせた時に言われた言葉は一生忘れられない。
『見た目しか取り柄のないお前が、俺と結婚なんて出来ると思ってたのか?』
これでも一応胸を張って言える職業に就いて、それなりに自信を持てる人間だと思っていた私に……だ。
それから一気に落ちていった。
必要なプロセスなんだと自分に言い聞かせてきた我慢が効かなくなって、手に入れた仕事を辞めた。
生活基盤を失って実家に戻れば、簡単に仕事を投げ出したのかと怒鳴り散らかされて追い出された。
兎に角生活を立て直さないと大学の頃の友人に頭を下げて居候させてもらって、アルバイトの掛け持ちで凌ぐ日々。
友人の家を転々としてる間になんとか貯めたお金でアパートを借りたまではよかったけど、とにかく生活が厳しくて何度も見た目だけと言われた体を売ろうかと考えた。
ここの予備校の正規雇用の件を知ったのは、そんな時だった。
私は藁にも縋る思いで求人に応募して必死に努力して、最終試験までこぎつけた先に待ってたのが、これなんて……ね。
怒りや嫌悪感が入り混じる目の奥に感じた――哀れみ。
「…………藤崎……さん、か」
私はあの人と同じ講師のはずなのに、あの人と同じ目線で話せてなかった。
だから、【先生】という呼称を外されたんだ……。
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