episode 11 計算高い女

 藤崎真由美視点


 騒がしいと思ったら何やってんの村田こいつは。


 こんな場所でそんな事をしたら、益々立場が悪くなるって分からないのかしら……。


「し、しかしですね藤崎先生! あんな馬鹿げた講義なんてされたら!」

「どのような講義であっても、それが結果に繋がっていれば問題ありませんよ。私達はここにいる生徒達の成績を上げる為にいるんですから」

「でも! あんなの集団催眠に決まって――」

「――それこそナンセンスですよ。それはあの動画を見た貴方にも分かるでしょ」

「………………」


(まっ、私には都合がいいんだけどね)


 私の乱入に意表をつかれてポカンとしてる間宮に向き合って、出来る限り刺激しない事を意識して軽く頭を下げた。


「お騒がせしてしまってすみません、間宮先生。村田先生には私からよく話しておくので、ここは私の顔を立てると思って許して貰えないでしょうか」

「……え? ああ、いえ。大丈夫です。私の言い方が不味かったのもありますので」


 ま、この返答は当然よね。周りの目もある中で謝る人間に強くなんて出れるわけがない。そんな事をしたら一気に悪評が出回るでしょうからね。それに間宮も男だもの。この私がこう言えば当然大人しくなるってものだし。


「悪いのは村田先生なのに代わりに謝るなんて、藤崎先生かっこいい」

「それにさすがAクラス担当だよね。私達最優先の姿勢が頼れるって感じ」


「決めたぜ! 頑張って絶対にAクラスに上るわ!」

「お前に出来んのかよ。ま、その役は俺が担ってやんよ」


(よしよし。ガキ共の評価も爆上がりってね。やっぱガキはチョロいわ)


「皆もごめんね。せっかくの時間に気分悪くさせちゃって」


 間宮の周りにいるガキ共に謝ってミッション完了っと。


「さて村田先生。私達はあっちで食べましょう」

「…………はい」


 完全に悪者に落ち切った村田にも優しく接してとどめの一撃を投下して、私はガックリと肩を落とした村田を食堂の端の席へ誘導する。正直こんな奴と食事なんてごめんだけど、アンケート票を集める為には仕方がない。

 この周りで生徒達ガキどもの好感度はかなり稼げたし、アンケート戦は勝ったも同然ってわけよ。


☆★


 間宮良介視点


 やってしまったな。いくら恩のある天谷社長の事を悪く言われたからって、こんなところであんな事を言うべきじゃなかった。生徒達を怖がらせてしまって、明日以降の講義に支障が出てしまう恐れがあるのなんて分かりきってたはずなのに。


「えっと、皆さんお騒がせしてしまってすみません」

「間宮先生は何も悪くないですよ」


 とにかく空気を変えようと同席している生徒達に謝った時、俺の周辺にはいなかったはずの男の声がした。


「佐竹君」

「初日お疲れ様です。間宮先生」


 何時の間にか席の対面側にトレイを持った佐竹君がいた。


「ごめん、瑞樹さん。隣いいかな」

「……別にいいですけど」


 佐竹君はそのまま隣に座ってる瑞樹さんの許可をとって、俺の向かい側に座る。


(……それにしても、なんで死ぬほど嫌そうな顔してんの? 瑞樹さん)


「佐竹君も初日の講義お疲れ様でした」


 女子ばかりの席に誘われて肩身が狭い思いをしていたところだから、正直佐竹君の登場は助かった。


「せっかく初日が終わってゆっくりご飯って時に災難でしたね」

「はは、まあ奇怪な講義をした自覚はありますし、信じられないという気持ちも分かるんですけどね」

「信じられないって気持ちは僕も分かりますけど、だからって自分が理解できないものをあんな汚い言葉で否定してもいいって理由にならないでしょ」

「…………」


(この子だれ?)


 思わずそんな失礼な事を考えてしまった。

 いや、だって仕方ないでしょ。昼飯の時は消え去りそうな空気で1人飯してた男が、5時間後にこの変貌ぶりなんだから。


「……うん。私もそう思った」


 そしてそれ以上に意外な事が起こった。佐竹君の隣に座ってる瑞樹さんが話に入ってきたからだ。元々お喋り好きな女の子なら驚く事じゃないんだけど、ここに座ってからの印象ではどちらかといえば不必要に誰かと関わろうとするタイプに見えなかった。

 何故そう思ったのか……。それは瑞樹さんが佐竹君に話しかけた事によって、彼が生まれてきてこれ以上驚いた事がないと言わんばかりな表情をしたまま固まっていたから。


「……なに? なんか文句ある?」

「い、いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ! 滅相もありません!」

「〝いえ〟が多すぎ」


 瑞樹さんは別に笑いをとろうとしたわけじゃないんだろうけど、加藤さんが吹き出したのをきっかけに俺達の周りいる生徒達から笑いが起きる。その笑いに佐竹君はまんざらでもない様子だったけど、瑞樹さんは恥ずかしかったのか顔を赤らめて俯いてしまった。逆に佐竹君は死ぬほど嬉しそうだ。

 

 おかげでピリついてた空気が和らいだ。佐竹君と瑞樹さんには感謝だ。


「そ、それでどうするんですか? 間宮先生」

「どう、とは?」

「このままでいいのかって話ですよ」


 再び佐竹君が、絡んできた村田先生の話に戻そうとしてきたけど、俺としてはせっかく緩んだ空気を元に戻したくはない。


「どうもしませんよ。一応謝罪も頂けましたし、講師同士がいがみ合ってもいい事なんかありませんしね」

「でも!」

「それに、佐竹君達が怒ってくれたので十分です。私の方こそ大事な時期なのに余計な気を遣わせてしまってすみません」

「いえ! そんな……」


 俺の事を考えて怒ってくれた佐竹君には申し訳ないけど、この話はこれで打ち切ろうと頭を下げた。こういう事が出来てしまう大人になってしまったんだなと、まだ10代の人間に囲まれて思い知らされた出来事だった。


 それからは普通に部屋に戻ってする事や、明日の講義の事で色々と話をして和気あいあいといった感じで夕食を終えたのだが、あれから結局一言も話さなくなった瑞樹さんの事が気になった。


☆★


 夕食のあとは基本的に自由時間となっている。

 基本的にと言ったのはそうではない日もあるという意味だ。

 

 この合宿では自主的に勉強がしたい生徒達の為に、比較的大きな会議室を一室だけ22時まで解放する事になっている。

 その会議室の通路を挟んだ向かい側にも個室を用意していて、この部屋には各教科の担当講師が当番制で待機する事になっている為、当番の日は実質自由時間がなくなってしまうのだ。実際今晩の当番にあたってる講師達は夕食を急いで食べて、バタバタと食堂を出て行くのを見た。ご苦労様です。


 というわけで夕食を食べ終えた俺は佐竹君達と別れて自室に戻り、1日の汗をシャワーで洗い流してTシャツ短パン姿で濡れた髪の水分をバスタオルで拭き取りながら、これからどう過ごすのかを考えた――のは一瞬の事。


「まずはやっぱりアレでしょ」


 部屋を意気揚々と出た俺は真っすぐに自販機コーナーへ向かう。

 そしてお目当ての物を購入したところで、数学担当の奥寺先生と古典担当の藤井先生が小走りで俺の元にやってきた。


「間宮先生! 藤崎先生を見かけませんでしたか?」

「藤崎先生ですか? いえ、夕食の時からは見てないですね。なにかあったんですか?」


 大の男2人が1人の女性を探し回るのは傍目に良く映らないものの、もしかして緊急事態なのかもと尋ねてみた。


「いや、さっき晩飯食べてる時に後で飲もうって誘ってたんですけど、何時の間にかいなくなってて……」


 あー……くだらない動機だったわ。


「そう、ですか。では見かけたらお2人が探してた事を伝えておきます」


 奥寺先生達は「よろしく!」とだけ言い残して、藤崎先生の捜索を再開した。


(その流れで消えたんだから、逃げたとは思わんのかね)


 奥寺先生達が駆けていく背中を眺めながらそんな事を考えてると、全面ガラス張りになっている壁が目に入った。壁の向こう側は中庭が広がっていて、しっかりと手入れされた芝生を所々に設置されているランタンの灯りが照らしていた。

 ランタンの優しい灯りが照らす芝生が少し幻想的な光景に見えた俺は、部屋呑みする為に買った缶ビールを飲む場所を変更する。

  中庭に出るとガラス張りの壁に沿うようにデッキチェアが数脚設置されていて、これはいいとチェアにリラックスした姿勢で体を預け缶のプルタブを開けて、「初日お疲れ」と御1人呑みを始めた。

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