僕の彼女は気配がない。

渡貫とゐち

僕の彼女は気配がない。


 僕の幼馴染は人よりも倍以上も気配がない。

 たとえば目の前に立たれても、すれ違いざまに挨拶をされても。彼女からのメールも、スマホが「気づかなかった」みたいに通知がこないし、グループでリモート通話をしても参加していることにも気づかれない。

 気づかれないことに関して、彼女の右に出る者はいなかった。



音無おとなしさんいる?」

「えっと…………うーん、いないね」


 教室を見回し、隅から隅まで探したつもりだった。

 休み時間なので人も少ないし、だから探しやすいはずなのだけど……。


「なに?」


 横。視線を少し下げないと分からない、小柄な幼馴染が、いた。

 僕と、訪ねてきた彼女が「うわ!?」と驚いて、気持ち的には飛び退いた。


 毎度のことながら急に現れるからびっくりするな……。

 もしかして、最初からそこにいた……?

 だとすれば、教室内を見回しても見つからないわけだ。


「あ、その、委員会の招集が……」

「うん、すぐいくね」


 幼馴染は食事の途中だったみたいで、食べかけのパンの頬張り、委員会の子と教室を出る。

 ふたりの背中を見送ってから教室に戻る、と――――あれ? 今までなにしてたんだっけ? その後、したいわけではなかったけれどトイレにいき、用を足してから、教室に戻った。



 幼馴染との帰り道。ふと隣に気配がないと思って振り返れば、彼女の姿がなく、きょろきょろと周りを探していると袖を引っ張られた。


「あ、いた」

「ずっといるよ」


 袖を引かれ、帰り道の途中にある公園へ。彼女が寄りたいと言い出したのだ。


 一目散に向かった遊具はブランコだった。スカートを押さえながらブランコに乗る。「背中を押して」と視線で言われたので、僕も頷くことなく彼女の背中に手を添えて押し出した。


 小柄で軽いので、すぐに勢いがついた。

 お尻が滑ったら勢いそのまま遠くまで飛んでいってしまいそうだ。


 ブランコが揺れると響く、きぃ、という音。小さな公園から聞こえる音はそれだけだった。つまり、公園でふたりきりという状況が際立っていた。


「ほっ」

「あっ」


 幼馴染がブランコから飛んだ。まあ、距離は短いけど……飛んで、着地。


 どうだ見たか、と言わんばかりに、彼女がどや顔で振り返って、一言。



「好き。付き合って」


「…………」



 短くストレートな、急な告白だった。

 そんなことを言われるなんてまったく思ってもいなくて、僕は言葉に詰まりながら、幼馴染の目を見ることもできず……でも答えた。

 無言はダメだと思ったから。


 しかし、これはずるだろう……卑怯なやり方だ。僕だって自覚はある。

 けど、仕方ないだろう。

 正面からこうも堂々と言われたら……僕にだって心の準備というものがあるのだ!


「――あれ? なんで僕はこんなところにいるんだろう?」

「おい逃げるな」


 踵を返したら袖を掴まれた……逃げられない。


「あれー? なんだか手が引かれてる気がするけど、これなんだろ幽霊かなー!?」

「ふーーん。そうやって誤魔化すならぁ………」


 幼馴染が、僕のネクタイを引っ張って視線を下げさせる。

 小柄な彼女と目が合ったと同時に、彼女の視線がどこへ向いたのか分かった。


「っ!?」

「あは、認識したね? してるよね?」


 躊躇なく近づいてくる唇を、僕は逃げずに受け止める。

 そう、はつちゅーは、認識しなかったことにする!!


「ん、んん!? 今、風が口を撫でたのかな……?」

「こ、ここまでしてまだ逃げる……!? じゃあもう最後までやっちゃおうかな――」


 認識しなければなにも起こっていないのと同じだ……でも。

 僕がどれだけ認めなくとも、確実に、はつちゅーは彼女に奪われたのだ。


「……初めてとか、どうでもいいし」

「? さてと、次はどこを攻めてあげよっかなー?」


「なんだろ、口が寂しいなー(ちらっ)」

「ふぅん? ちゅーが気に入ったの?」


 それから。


 僕はなにをされているのかまったく知らないし、認識していないけど、唇だけは満足していた。



 次の日から、彼女しか見えなくなったのは、また別の話だ。



 …了

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