第23話 致命的な違和感

 それから俺はいつものように袴田とともに”傍から見れば”イチャイチャな学園生活を送って放課後を迎えた。


 その後も何度か袴田には「無理しなくてもいいんだぞ?」と京介と遊びに行くことについてそれとなく聞いてみたのだが「安心してください。楽しみですよ」と言うのでそのまま彼女を見送ることにした。


 校門前で他のヒロインたちとともにカラオケへと向かう袴田の姿を見た。


 うむ、これで良かった。


 なんて自分にそう言い聞かせて俺は、彼らの姿が見えなくなるのを確認してから校門を出た。


 それからの行動は大したことはない。相変わらずモブなのでモブらしく気配を消して本屋で好きな漫画を購入したり、ゲーム屋をうろついたりして近くの安い喫茶店に入ることにした。


 コーヒーを飲みながら購入した漫画を読む。


 うむモブらしい素晴らしい時間の潰し方である。なんて満足げにコーヒーを飲みながらも俺はわずかな不安を抱いていた。


 それはもちろん袴田のことである。


 どうして京介と話をする袴田はあんなにも不快そうな顔をするのだろうか。


 まあ、いくらエロゲの主人公とはいえ最初から好感度がマックスなわけではないし、攻略をしなければ仲は深まらないこともわかる。


 が、少なくとも袴田の京介への嫌悪感は少し気になるレベルだった。京介も京介でそんな袴田を見てなおカラオケに誘うのに違和感を覚えないわけではない。


 いったいどういうことだ?


 ここは俺の大好きな『星屑のナイトレイド』の世界だよな?


 ヒロインたちと山なしオチなし意味なしのただただ平和な世界を過ごすだけの癒やし系エロゲの世界だよな?


 ババアの件もそうだが、ここのところ俺の周りでは不穏な出来事が多すぎる。


 が、少なくとも京介の優しさを俺は知っている。だから、不安を抑えるように胸を人撫ですると俺は漫画へと目を落とした……のだが。


 それから五分ほど経ったころだろうか、漫画に夢中の俺の視線の端を何かが通り過ぎた。


 ふと窓の外を見やると、そこにはうちの高校の制服を着た複数の女子生徒たちが駅の方へと歩いて行くのが見えた。


 ん? なんでだ?


 その5人ほどの女子生徒に俺は見覚えがあった。


 彼女たちは京介の取り巻きであり『星屑のナイトレイド』のヒロインたちである。


 まあエロゲの世界にいるのだから街で偶然彼女たちを見かけることは不思議でもなんでもないのだけれど、このタイミングは少々変である。


 なにせ彼女たちは今頃、京介や袴田とともにカラオケに行っているはずなのである。にもかかわらずそこには袴田の姿も京介の姿もなかった。


 カラオケが終わったのだとしても、どうして二人だけ別行動をしているんだ?


 別に個別ルートに入るほど袴田と京介の仲が親密なわけでもないのに、少々不可解である。


 いや、別に俺には関係のないことか……。


 仮に京介と袴田が二人きりだったとして、俺がそれに対してとやかく言うことはない。むしろ親密になったのであれば願ったりである。


 なんて彼女を眺めていた俺だったが、ふと疑問を抱く。


 なんか気持ち悪いな……。


 それは駅へと向かって歩いて行く彼女の表情を見た俺の素朴な感想である。


 別に気にすることではないのかもしれないけれど、彼女たちの表情を見て俺は違和感を覚えた。


 もうくどいかも知れないけれど俺は『星屑のナイトレイド』を何度もプレイしている。だから袴田美優以外のヒロインのことだって家族構成から性格にいたるまである程度熟知している。


 あるヒロインは負けん気が強くて他のヒロインが京介に触れるだけで頬をむくれさせるような性格で、またあるヒロインはヤンデレの気があって、京介がヒロインたちと仲良くしていると『あの子たちと随分仲が良いのですね』と真顔で詰めてくる。


 まあヤンデレと言ってもプレイヤーが不快に思わない程度のマイルドなやつだけど。


 そんな表情も性格も個性豊かなヒロインたちが、みんな同じような笑顔で歩いている。


 お互いに会話をすることもなく前だけを向いて作ったような笑顔で歩いている。


 そんな彼女たちを不気味に思った。そして、彼女たちの瞳にはもれなく光彩がない。


 あんなに個性的な可愛いヒロインたちが?


 その違和感が俺の中で不安に変わる。別に具体的になにがどう不安なのかはわからなかったが、俺は立ち上がるとそのまま店を出ることにした。


 店を出た俺は、賑わう街の中に消えそうになっていた彼女たちを追う。


 追いついてどうするんだ? それはわからないがとにかく彼女たちに追いつくと「おい、待ってくれっ!!」と彼女たちを呼び止めた。


 彼女たちは一斉に足を止めると振り返って首を傾げた。


「あなたは誰ですか?」


 ヒロインの一人が首を傾げたままそう尋ねる。


 どうやら彼女たちに俺は未だ認識されていないようである。


「え、え~と……俺は同じクラスの中谷だよ。それよりも聞きたいことがある」

「聞きたいこと?」

「袴田はどこにいる? お前らと一緒にカラオケに行っていたはずだけど」


 そんな俺の質問に彼女たちは不思議そうに顔を見合わせた。が、一人がこちらへと顔を向けると笑みを浮かべた。


「袴田さんならば京介くんと一緒にいるはずですよ」

「一緒って二人でか?」

「おそらくそうだと思いますよ」

「お前らも一緒にカラオケをするって話じゃなかったのか?」


 どういうことだ?


 首を傾げる俺にヒロインの一人が俺のすぐ目の前まで歩み寄ってきた。


「私たちは京介くんに邪魔だと言われたのでカラオケを出てきました。それ以降のことは私たちにはわかりませんし、知る必要もありません」


 なんだよそれ……。


 そんなことを笑顔のまま淡々と伝えてくるヒロインたちに背筋が寒くなる。


「きょうすけ……じゃなかった生田がお前たちに邪魔だって言ったのか?」

「はい、邪魔だと言われたので帰ることにしました」

「いや、普通クラスメイトに邪魔だとか言うか? それとも何か生田を不快にさせるようなことでもしたのか?」

「京介くんを不快にしたのかどうかはわかりません。ですが、邪魔だと言われればその場を立ち去るのが私たちの礼儀なので。私たちの仕事は京介くんが必要だと思ったときにそばにいて京介くんの言いなりになって、邪魔だと言われれば消えることだけですので」

「は、はあっ!? お前たち、なに言ってんだよ……」


 いや、ホントになに言ってんのこいつら……。


 それじゃまるで京介の奴隷みたいじゃねえかよ。少なくとも友人相手に躊躇いもなく邪魔だと言える神経は俺にはない。


 が、ヒロインたちの笑顔は崩れない。それが当たり前で疑問の余地もないことのように話すヒロインたちは『星屑のナイトレイド』を知る俺には考えられない光景だ。


「聞きたいことはそれだけですか?」


 と、そこでヒロインは首を傾げた。


「な、なんだよ……その気持ち悪い関係は……」


 思わずそんな失礼な言葉が口から漏れた。いや、他人の関係にとやかく言えた立場ではないのは重々承知だが、そう口にせざるを得ない。


 彼女たちを不快にさせたかと不安になる俺だが、それでもヒロインたちは笑みを崩さない。


 それが俺には不気味で仕方がない。


「気持ち悪い……ですか? むしろ京介くんはいつも私たちを気持ちよくさせてくれますよ? 私たちにとって京介くんは無条件に肯定するべき存在です。たとえ邪魔だと言われても、ときには私たちを気持ちよくさせてくれる京介くんは素晴らしい方だと思いますが」


 その気持ちいいというのが何のことなのかは俺には知る由もないが、少なくとも彼女たちが異常だということはわかる。


 まるでいつかの袴田の両親を見るときのような感覚に襲われた俺はようやくあることに気づき始める。


 そもそもここは本当に『星屑のナイトレイド』の世界なのだろうか? と。

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