第12話 飯食って風呂に入る
袴田が家にいたことには驚いたし、不必要に彼女と接触することはリスクだってことはわかっているけど、正直なところ飯を作ってくれたのは大変ありがたい。
どうやら彼女はゲームの設定通り、料理はかなり得意なようでリビングにやってくると美味しそうな匂いが俺たちを迎えてくれた。
なんでも両親が共働きだったせいで、幼い頃から料理の勉強をしていたらしい。
まさかこの世界でヒロインの手料理が食えるとは思わなかった。
少々マズい事態であることは理解しつつも食欲には抗えない。とにかく今は深いことは考えずに袴田の作った飯をいただくことにしよう。
ということで。
「「いただきますっ!!」」
俺と咲は兄弟仲良くいただきますをするとありがたく袴田の料理に箸を伸ばす。
テーブルに並んでいたのはなんというか家庭的な料理だった。
根菜を使った煮物に、豚の生姜焼き、さらにはほうれん草のおひたしと実に健康に良さそうだ。
まずは生姜焼きへと箸を伸ばす。
「う、美味い……」
「美優ちゃん、美味しいっ!!」
別にお世辞を言っているわけではない。事実美味いのだ。その証拠に隣に座る咲が凄まじいスピードで箸で生姜焼きと口を往復している。
そんな俺たち兄妹を袴田は微笑ましそうに眺めていた。
「中谷くんや咲ちゃんに褒めてもらえるように頑張りました。お口にあったみたいで良かったです」
よくエロゲやラノベで料理が上手いヒロインは出てくるが、所詮は高校生にしてはという枕詞がつくものだと思っていた。
が、袴田の料理は抜群に美味い。
京介……絶対に袴田を幸せにしろよ……。
この手料理を今後独り占めするであろう京介に少しだけ嫉妬しつつも、俺は彼女の料理をありがたく平らげた。
食後はリビングのテーブルに腰を下ろして食器を洗う袴田を眺めながら時間を潰した。
なんというか……結婚するって羨ましいな……。
そんな袴田の後ろ姿を眺めながら俺は思う。とっても残念なことに俺は前世でも独身のまま死んだせいで結婚の喜びを知らない。
が、おそらく結婚とはとても素晴らしいものなのだろうと思う。
あ、俺の名誉のために言っておくと、別に俺は一人ダラダラして袴田に洗い物をさせているわけではない。
洗い物ぐらいは俺がやると提案したのだが袴田から「いいんです。中谷くんはゆっくりしていてください」と言われたので甘んじて彼女の提案を受け入れたのだ。
あぁ……幸せ……。
なんて考えながら袴田の後ろ姿を眺めていると「おにいと美優ちゃん、じゃあ行ってくるねっ!!」とリビングにやってきた咲が俺たちに手を振る。
彼女はこれから学習塾の特別進学サポートコースに向かうのだ。一見なにも考えてなさそうでバカそうな咲だが実のところかなりのハイスペックである。
兄だけど出涸らしの俺とは違い両親の優秀な遺伝子を受け継いだ妹は、これから夜九時まで勉強漬けだ。
ということで。
「おう、行ってこいっ!!」
「咲ちゃん、がんばってね」
と二人して見送ると彼女は「がってんだいっ!!」と握りこぶしを作ってドタドタと玄関へと駆けていった。
これで邪魔者はいなくなった。
なんて普通だったら思うところかも知れないけれど、俺としては袴田と二人きりになるのはかなり気まずい。
おいおい咲という緩衝材を失った俺はどうやって袴田とコミュニケーションを取れば良いんだよ……。
自分が陰キャであることを思い出した俺は焦っていたのだが、そこでリビングに聞き慣れた電子音とともに『お風呂が沸きました』という音声が響く。
「あ、お風呂が沸いたみたいです。中谷くん、汗を流してきてください」
そう言って袴田はにっこりと微笑んだ。
どうやら彼女は俺の知らないうちに風呂を沸かしてくれていたようだ。
どこまでできる子なんだよ……。
と、感心しつつも一人になるいい口実ができたと思い直し、風呂を頂くことにする。
「なんだか、なにからなにまで悪いな……」
「いえいえ、中谷くんには返せないほどの恩がありますので」
こいつ全然俺の話聞いてねぇな……。
恩を返さなくても良いって何回も言ってんのに……。
が、ここで風呂を拒否する理由もないので、俺は風呂場へと向かうことにした。
二人でいても話すことないし……。
ということで脱衣所へとやってきた俺は躊躇わずすっぽんぽんになると袴田の入れてくれたお湯にざぶんする。
あぁ……生き返る……。
お湯加減は完璧だ。熱すぎずぬるすぎない完璧なお湯に浸かりながら、お湯に疲れを溶かしていく。
「………………」
そして疲れが取れきったところで、今、自分のおかれている現状を理解し始める。
どう考えてもマズいよな……。
現状、袴田は俺に対して恩を感じてしまっている。
いや恩を感じること自体は別に良いというか彼女の勝手ではあるのだが、このままでは本気でシナリオに影響が出かねない。
現に今日の放課後、ヒロインと京介たちはゲームセンターに行っていたのだ。おそらく彼女が夕食を作ることになっていなかったら、彼女もその輪の中にいたはずだ。
これはすでにシナリオに影響が出ている証拠だ。
いや、まあ俺に男としての器と彼女にふさわしいイケメンフェイスがあれば、このまま彼女と付き合うなんて選択肢もあるのだろうが、俺は全てにおいてモブオブモブである。
彼女が俺を異性として好きになることは天地がひっくり返ってもありえないし、彼女の俺への行動はいたずらに恋愛フラグを折っているだけだ。
「どうすんだよこれ……」
なんて頭を抱えているとバチッという音とともに風呂場が真っ暗になった。
ん? なんだなんだ?
我が家は窓なしのユニットバスなので電気が消えるとマジでなにも見えなくなる。
突然の出来事に風呂場であたふたしていると、リビングの方から足音が聞こえてきた。
「中谷くん、大丈夫ですか?」
袴田だ。
「大丈夫だけど……いったい何事だ?」
「どうやら停電が起きたみたいです……」
どうやら電気が消えたのは風呂場だけではないようだ。
「ちょ、ちょっと待っていてくださいね」
と、そこで風呂場のドアの方がわずかに明るくなった。ドアを見やると磨りガラス越しにわずかに光が見える。
どうやらドアの前で袴田がスマホを触っているようで、スマホの液晶の光がぼんやりと彼女の体を照らしている。
ん?
と、そこで俺はふと疑問を抱いた。
磨りガラス越しに見えるスマホに照らされた彼女はなぜか学校の体操服を身につけていた。
いや、なんで……。
が、そんな疑問が解ける前に袴田が「やっぱり」と口にする。
「どうかしたのか?」
「この辺りで停電が起きているみたいです……」
「なるほど……」
よくわからないがそういうことらしい……。
しかしこのタイミングで停電とは困った。
これじゃ暗くてまともに体も洗えない……。
なんて考えているとガラガラと風呂場のドアが開く。
おい待て。
「お、おいっ!! なんだよっ!!」
「私が中谷くんの目になります……」
「は、はあ?」
「この暗さだと体も洗えないじゃないですか」
「いや、そうだけど……」
なにを言ってんだこいつは……。
慌ててタオルで前を隠しつつも真っ暗闇を見つめていると、ざぶんと誰かが湯船に浸かる音がした。
おい、嘘だろ……。
目の前に袴田の顔の気配を感じながら、俺は硬直することしかできなかった。
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