第二の故郷は地球 (短編)
藻ノかたり
《前編》旅立ちの時
僕は今、地球へと向かっている。そこは、もう一つの故郷と言って良い星だ。”もう一つの”というのは、僕が混血だからである。父方が地球人、母方がトラクロービュ星人なのだ。
宇宙を漂流していた旧式の宇宙船。そこが、父と母のなれそめの場であった。パトロール船の操縦士を務めていた母が、その宇宙船から父を助け出しトラクロービュ星に連れ帰ったのが縁となった。
異星人同士の結婚は稀であったが、我が星の科学力がそれを可能にし、遂には僕が誕生する。しかし父は、僕が物心つく前に事故で亡くなってしまった。だから僕は、父の顔を覚えていない。それどころか、僕は父の顔を知りさえしないのだ。
というのは、トラクロービュ星では大変優れた記憶力と遺伝子証明のおかげで、個人の映像記録を残すという習慣がないのである。残念ながら、僕は父の顔をはっきりと認識する前に、彼が他界してしまったおかげで、トラクロービュの血によるせっかくの記憶力も意味がない。
だが、その面影の一端を僕は知っている。トラクロービュ星人になくて僕にあるもの。それは頭部に繁っている繊維状の物質だ。母の話では、父はそれを”髪の毛”と呼んでいたらしい。
彼らと違う姿をしていて、差別を受けたかだって? とんでもない。トラクロービュ星人たちは、僕を全く同じ種族として扱ってくれた。本当に怖いくらいに。僕はトラクロービュ星人の血が、半分だけでも流れている事を誇りに思った。トラクロービュ星人は争いを好まず、また非常に忍耐強い種族なのだ。
混血児として生まれて三十数年。
友だちと一緒に第二成人の儀式を終えた後、僕は総督府に呼ばれ、とてもファンタスティックな提案を受けた。それは大使として地球へ赴き、友好関係を結んでほしいというものだった。僕は悩んだ末に、その栄えある任務を承知した。第二の故郷、地球。まだ見ぬ父の祖国の姿に、心が揺り動かされたのである。
僕は総督府から、一隻の宇宙船を与えられた。大きすぎず、また小さすぎないサイズのワープ船で、乗組員は僕一人である。いきなり異星人が大挙して押し寄せたら、地球人が面食らってしまうかも知れないという配慮からであった。
しかし何の心配もない。宇宙船は全自動で航行出来る上に、バックアップシステムも完璧で、トラクロービュ星の船はここ数世紀事故を起こした記録がない。
さて、これといったトラブルもなく、いよいよ我が第二の故郷、地球が目の前に迫って来た。父が乗っていた宇宙船を調べた結果、トラクロービュ星よりもかなり文化・科学レベルが落ちる星のようなので、驚かせないよう彼らの太陽系の外縁に達した時にメッセージを発する。
事前の外郭調査の結果、唯一の有人ロケット飛行が失敗に終わり(これが父の乗った宇宙船だったらしい)、それ以降は自分の星に引きこもっていたと思われる彼らは、他星人の来訪に驚いたが、こちらに敵意がなく、たった一隻の宇宙船で、しかもたった一人でやって来た事を知り、その警戒心を解いたようであった。
だが航行中より調子の悪かった映像回線がついにイカレてしまい、音声のみのやり取りとなる。だが、心配あるまい。僕はトラクロービュ星人と地球人の混血なのだから、彼らとの共通点がある。全く違う種族に会うわけじゃない。
月という衛星の軌道上に待機をし、改めて地球政府との通信を試みる。向こうも僕が地球人との混血だと知り、融和ムードで一杯のようだ。映像回線の方も距離が縮まった事により回復して来たし、いよいよ彼らの指導者たちと、モニタ上ではあるが体面となる。
さぁ、僕の第二の故郷。僕の仲間。いざ、友好を!
そんな僕の期待と共に、回線が開かれた。
……。
僕は映し出された彼らの姿を見て、言葉が出なかった。感動したからではない。余りのおぞましさに、黙り込むしかなかったのだ。
確かに僕が有している、地球人特有であろう頭部の繁みはある。胴体の上に頭部がついていて、手足が其処から生えている。それも共通だ。だが、その他はどうだ!
彼ら、いや、奴らにはなんと目が二つしかない。トラクロービュ星人には三つもあるのにだ。おまけに口が如何にも平べったく、顔の奥に直接繋がっているらしい。我が同胞の口は前に大きく伸びていて、最低でも体長の五分の一程度はあるというのに。
また皆、きらびやかな布のような物をまとっている。よほど、中にある体が醜いのであろう。そして何より背中には、トラクロービュ星人の誇りである尖った”ヒレ”が存在しない。いったい彼らは、このヒレなしに、何を誇りとして生きているのだろうか?
気味の悪さに卒倒しかけた僕だったが、使命感がそれを押しとどめた。僕はあくまで、親善大使として地球を訪れたのだ。たとえ彼らの見た目がどれだけおぞましくても、広い心で受け入れなくてはならない。
僕は気を取り直して、彼らの代表に語りかけた。
「やぁ、はじめまして地球の皆さん。僕は……」
そう言いかけた時、突然モニターが真っ暗になった。あちら側から強制的に回線を切断したためだ。そしてこれは僕の聞き間違えだと思うのだが、画面が消える瞬間、彼らの一人が「……化け物」と言っているように思えた。
化け物? 僕が? いや、化け物はそっちだろう。
と、思ったが確認する術はない。いくら回線を開こうとしても、地球側がそれを受け入れなかった。仕方がないので、僕は地球上で飛び交う電波を片っ端から傍受して翻訳した。
内容を聞いた僕は、絶句するしかなかった。
「怪物」「化け物」「醜いモンスター」
などなど、信じられない言葉ばかりである。なおも傍受を続けると、今度は、
「やっつけろ」「宇宙船を破壊して」「侵略者を駆逐しろ」
といった非常に物騒な、一体何を勘違いしているんだろうと思える声が次々と入って来る。酷いものになると、トラクロービュ星からの使者というのは真っ赤な嘘で、ただの宇宙海賊ではないかというものまであった。どうやら僕が一隻の中型宇宙船で、しかも一人でやって来たので気が大きくなっているらしい。
僕はそれでも我慢強く調査を続行したが、やがて看過できない情報が飛び込んでくる。地球の軍事基地と思われる場所からの通信で、全世界の兵器をもって僕を討ち払おうというのであった。
地球人はまともに宇宙へ出る事すらままならない種族であったが、宇宙へ届く兵器ならば所有しているらしい。いやはや、なんと野蛮な種族なのだろうか。
やがて情報通り、”核ミサイル”と呼ばれる筒状の兵器が宇宙船めがけて飛んできた。その数、数百。いや、それを超えるかも知れない、とにかく大量の飛翔体が僕の乗った宇宙船を無数の爆発光で包み込む。
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