第20話 再開
放たれた弾丸は、容易く十三号車のサブアームをもぎ取っていった。
「一夜でこう何度も撃ち抜かれることになるなんて」と華怜(かれん)は内心で毒を吐く。
「遠距離からの精密射撃……辰巳(たつみ)警部の〈ウルフパック〉一号車ねッ!」
かぐや姫を始末するためとはいえ、大通りの真ん中でこれだけの大立ち回りを演じてみせたのだから、警察が駆け付けない訳がない。モニター画面に目を遣れば案の定、向かいのビルの屋上に一号車の反応を捉えることができた。
辰巳鋼一郎(こういちろう)の一号車が備えるのは遠距離狙撃モジュール、早い話が巨大なライフルだ。
真っ先ににサブアームを狙われたのは、かぐや姫にトドメを指すのを止める為か。
『このトラブルメーカーめッ! また頭に血が上ってるじゃねぇかッ!』
通信機越しに聞こえる彼の声は、懐疑や困惑が入り混じったようで、それを上から「怒り」の感情で誤魔化しているようだった。
(ここで辰巳警部に捕まるのは不味い……だって、運転席には今、)
レッドフードが乗っている。こんな状況を見られてしまえば、いよいよ彼女と行動を共にしていたことに言い訳が出来なくなってしまう。
「うぐっ……かはッッ……!!」
「カレンちゃん⁉」
華怜は一度吐血した。これ以上、生体CPUとしての機能を開放し、十三号車とのデータリンクを維持する肉体的余裕も残されてはいないようだ。
レッドフードに後から詳しい事情を説明すると約束したが、どうやらそれも叶いそうにないらしい。
「こうなったら私が囮になるよ! なーに、カレンちゃんは私に脅されて無理やり付き合わされてたってことにすれば、」
「ありがとう、レッドフード……けど、それは最善じゃない」
華怜は、直属の上司のことをよく理解していた。
辰巳は優秀なようで、良きリーダーとして振る舞おうとする必死さが透けている。それは彼が未熟なことの現れであるが、彼はこういう時絶対にミスをしない。
「刑事の勘」とでもいえばいいか? 華怜の持つ嗅覚とも違うそれは、標的が囮か否かを正確に嗅ぎ分ける。
彼はきっと冷静にスコープを覗き込み、トリガーを引くのだろう。飛び出したレッドフードは即座に無力化され、そのまま逃げようとする十三号車も背中から撃たれてゲームオーバーだ。
さらに言えば、十三号車は両前脚と四本あるサブアームのうちの一本を失った状態。今は辛うじて残る三本のサブアームで体勢を維持しているが、それもいつまで保つかは分からない。
万事急須────そんな言葉が頭を過ぎると同時。建物の影から、さらに二台の〈ウルフパック〉が飛び出してきた。
「お父さんはなぁ! 娘のためにも早く事件を解決して、帰らなきゃならねぇんだよッ!」
十三号車の前に躍り出たのは、両脚の兵装コンテナに対幻想人用捕縛網を備えた四号車。大筒状のモジュールが展開されると同時、粘着性のネットが降り掛かる。
「今度は浪岡(なみおか)先輩か……ッ!」
浪岡の運転の癖は既に把握している。華怜は各部関節のブレーキロックを解除。まるで脱力したかのように車体はその場で崩れ、ネットを掻い潜った。
だが、迫る車体はもう一台。十三号車と同様に一対のブレードを備え、車体には何号車かが刻まれていなかった。
華怜にとっては未知の〈ウルフパック〉。それがエンジン部を浅めに切り裂いた。
そのまま二台はもつれ合い、瀕死のかぐや姫もその場に残したまま、歩道の街路樹へ激突する。
「ふふっーん、間に合わせで用意してもらった〈ウルフパック〉でも凶悪犯を追い詰めることができるだなんて。流石は僕! スーパーエリート、猫下(ねこもと)巡査ここにありですね!」
華怜は「猫下」というドライバーの名前にも、通信機越しから聞こえてきた声にも、聞き覚えがなかった。
「ぐッッ……何なの、コイツ⁉」
ただ、十三号車と猫下の〈ウルフパック〉では、絶望的に位置が悪い。華怜達が下で、猫下が上。しかも、車体を押さえつけられるようなポジションを許してしまったのだから。
仮に猫下を押し退けられたとして、そこには捕縛ネットを構える浪岡の四号車と、遠方のビルからライフルを構える辰巳の一号車が待ち構えている。
さらに近づいてくるのは、無数のサイレン音。きっと残る対策班の面々や、パトカーに乗った同僚達が駆け付けてきたのだろう────全ては「大上華怜」という、幻想人と組んで、警察組織を裏切ったかもしれない、「凶悪犯」を捕らえるために。
「……良いわよ、凶悪犯でも何でも……私はまだ終われない。終わるわけにはいかないんだッ!」
華怜は正面画面が青白く輝いているのを確認し、車両のマップシステムがまだ生きていることを確認した。
そして、レッドフードの手を握る。
ぎゅっと力を込めて、祈るように。
「カ、カレンちゃん⁉ いきなりどうしたの⁉」
「レッドフード……今から私が言うものをマップ上から探し出して。私達がこの窮地を脱するかは、貴方がそれを見つけられるかにかかっているから」
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