第17話 弾丸を込める理由

 粉塵が晴れると共に、飛び込んできた物体の正体も徐々に明らかとなる。


 それは、黒光りする鉄柱だった。長さは凡そ二メートル前後、細長い円柱状でどこか「竹槍」を思わせる。


 そして先端から仄かに香るのは甘ったるい幻想人(フェアリスト)の血の匂い。


「……」


 華怜(かれん)が鼻を鳴らすのも束の間だ。この鉄柱の持ち主が、破られた壁面から廃ビルへと侵入する。


 きっと鉄柱の先に細いワイヤーか何かを巻き付けていたのだろう。それを手繰り寄せることでビルの壁を登ってきたのだ。


 二メートルもの鉄柱を投擲し、壁を破るような者がただの人間であるわけがない。紛れもない幻想人、それも恐らくは赤ずきんの元に集った〝裏〟の個体だ。


「初めまして、今宵は月が綺麗ですね。……あっ、これは愛の告白ではないのであしからず」


 その幻想人は、十二単衣を纏う平安貴族風の少女であった。まだ幼さを残した顔つきはどこか妖艶さを併せ持ち、愉しげに目を細めていた。


 だが、奇しくも華怜はその顔を何度も見たことがあった。


「貴女は……」


 署内に張り出された手配書や、疑似体感シミュレーターの仮想敵として、飽きるほどその顔を見てきたのだ。────幻想人「かぐや姫」の裏。警察史に多大な影響を与え、幻想人対策班の設立や〈ウルフパック〉が開発される転換点となった幻想人だ。


「よこらっせと」


 かぐや姫は転がった鉄柱を拾い上げ、それを片手で担いで見せた。小さく、傷一つない少女の手には、アンバランスなほど野太い血管が浮き上がる。


「えっと……こちらの貴女が大上(おおがみ)さんで、そちらの貴女が赤ずきんさんの片割れですよね?」


 彼女は華怜に、次いでレッドフードの順で視線を遣った。


「あっ、ただの確認作業ですのでお気になさらず」


「確認作業?」


 華怜の眉間に皺が寄る。


「ふふっ。今日、お二人の元を訪ねたのは、赤ずきんさんに頼まれたからなんです。私たちについて嗅ぎ回っている連中を始末して欲しい。特に大上さん、貴女は絶対殺せって。上手くやれたなら私も彼女に貸を作れますし、ウィンウィンって奴ですね」


 彼女の語り口調はまるで世間話をするかのようにごく自然なものだった。


 だが、そんな風に言葉を紡ぎながら、彼女は突然スタートを切る。


(コイツ……攻撃に移るタイミングが読み辛いッ!)


 平安貴族が纏う十二単衣は一〇キロを超える重量があったという。そんな重りを着込んで尚、かぐや姫は開いていた間合いを一瞬で押し潰した。


 鉄柱の切っ先がまるでズームアップしたかのように、華怜の眼前へと迫る。


「ッッ……!!」


 咄嗟に顔を横へとズラすも、金属の冷たさが頬を抉った。ブチブチと肉を引きちぎるような感覚が、激痛と共に華怜を襲う。


「へぇ……ただの人間のくせに、私の初撃を掠めてみせるんですか」


 かぐや姫の浮かべた笑みが蠱惑的なものから、嗜虐的で快楽的なものへと切り替わる。殺しのスイッチが入ったとでも言い換えればいいか。華怜も脳内のギアを切って、懐から特殊警棒を抜くが、彼女が鉄柱を振るうスピードの方が速い。


 速さ×重さの単純な計算式から算出される衝撃は、容易く華怜から頼りの警棒を弾いてみせた。


「このッ! カレンちゃんから離れろッ!」


 二人を裂いたのは、紅い尾を引く弾丸だ。


 硝煙の匂いと共に向けられたのは、レッドフードのマスケット銃。そこから撃ち放たれた弾丸はかぐや姫の脇腹を貫通するも、幻想人の再生力はすぐに傷口を塞いでしまう。


「おっと……もちろん貴女のことも忘れてはいませんよ」


 レッドフードが放った弾丸には当然、血液と彼女の異能が込められていた。軌道を思うがままに操れる必中の弾丸だ。


 それでも尚、かぐや姫に致命傷を与えられなかったのは、彼女が咄嗟にバックステップを踏んで身体の芯をずらしたから。彼女は容赦なく大上を追い詰める傍らで、レッドフードへの警戒も疎かにしない。流石は五年前に機動隊を真正面から叩き潰した幻想人と言うべきか。


「私って、赤ずきんさん達から『壊し屋(デストロイヤー)』と呼ばれているんです。由来は私が物であったり、人間関係であったり。とにかく、形のあるなしに関わらず、色んな物を壊すのが好きだからですね。結構、お気にです」


 どいつもこいつも。幻想人は、どうして自分語りが好きで、人の神経を逆撫でするような言い回しが上手いのだろうか?


 御伽話の中のかぐや姫は、その美貌で周囲に多大な影響をもたらし、貴族達の人生を狂わせた。それはある意味で、他者の人生を完膚なきまで破壊したと言えよう。


 かぐや姫の裏も、他の幻想人(害獣)の例に漏れず、いくら品位のある態度で親しげに振る舞おうとも、その本質は己の快楽や嗜好だけを追い求める獣に近い。


 それでいて自らが見出した「デストロイヤー」というアイデンティティを誇示せずにはいられないのだ。


「レッドフード……百千(ももち)さんを殺したのは、彼女で間違えないと思う」


 彼女が構える鉄柱。その先端は華怜の血で濡れる以前から何かが付着し、ドス黒く変色していた。


 きっと、こびりついたソレを拭いもせず放置していたのだろう。そして、彼女の鉄柱から漂ってくるのは幻想人の血液特有の甘ったるい匂い。


「つい最近、殺されたと思われる幻想人なんて一人しかいない」


 百千桃佳(ももか)の頭部は激しく損傷していたとニュース記事に記されていた。自分たちに情報を流してしまったから彼女も、赤ずきんたちの抹殺対象に選ばれたのだろう。


 乾いた血の匂いは、そこで何があったかを簡単にイメージさせてくれる。かぐや姫は突然に百千の前に現れて、有無を言わさず鉄柱を振り上げた。彼女の頭蓋は簡単に砕け、肉片が飛び散るまでのワンシーンを華怜は一瞬で想起する。


「分かってるよ、カレンちゃん……何度も言うけどさ、百千ちゃんは凄いから中途半端な相手なら余裕で逃げきれたと思うんだ。それでも殺されちゃったのは、相手が理不尽なくらい強かったか、寒気がするほどに冷酷だったか」


 或いはその両方か。


 レッドフードがマスケット銃に弾丸を込める理由は明白だ。────すべてを乗り越えた果ての結末を知るためにこそ、彼女はトリガーを引き絞る。


「私が時間を稼ぐから、カレンちゃんは〈ウルフパック〉に乗って。そうしたら、二人で試そうよ────コイツを殺せたら、本当にスカッとするのかをッ!」

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