Q「私のアイデンティティは?」
第15話 バッドエンドへの一本道
華怜(かれん)は警察の人間だ。それ故に防犯カメラの設置されやすい箇所や、幻想人(フェアリスト)の反応を捉える街頭スキャナーの配置パターンを頭に叩き込んでいた。今はまだ、レッドフードや百千(ももち)と行動を共にする場面を見られるわけにはいかないからだ。
だが、三人は知らなかった。
この日。三人が取引のために落ち合った裏路地の周辺では、とある動画配信者が路上撮影のためのカメラドローンを飛翔させていたことを。
当然、こういった撮影で映り込んだ一般市民には、プライバシー保護の観点からモザイク処理が施される。だが、編集中だった配信者自身が、映り込んだ華怜達に気づいてしまったなら話は別だ。
彼は「俺、警察の捜査に協力しちゃいました☆」という動画のネタ欲しさと、情報提供者に支払われる謝礼を目当てに、三人がバッチリ映り込んだ映像を警察へと提供したのだった。
◆◆◆
「何してるんだよぉ……! 大上(おおがみ)ィ……!」
辰巳(たつみ)は提供された映像を確認しながら頭を抱えていた。そこに映る華怜は魔法少女風のコスプレで、連れの二人と何かを言い合っているのだから。
カメラドローンでは音声までは拾えない。だから辰巳から見れば、この三人が裏路地でふざけ合っているようにしか見えないのだ。
「そういう趣味があったのか……いや! だとしても戻ってきたら、始末書一〇〇〇枚は書かせてやる!」
ただ、苛立ちと同時に感じたのは安堵だった。行方不明だった部下の無事を確認できたのだから。
映像を見る限りでは、大きな怪我をしている様子もない。行方が分からなくなったときは最悪のケースを想定したが、ひとまずは安心しても良さそうだ。
「けど、辰巳警部。胸を撫で下すのはまだ早いんじゃないかと、期待のスーパーエリートは考えるのですが、」
背後から聞こえたのは、まだ聞き慣れぬ青年の声。華怜の抜けた対策班の穴埋めとして派遣されてきた猫下誠人(ねこもとまこと)のものだった。
「だって、おかしくないですか? この映像を見る限り、大上巡査部長は元気そうですよね。だったら、どうして対策班に戻って来ないんでしょう?」
「そ、それは……」
それは辰巳にとっても気掛かりな点だ。無事ならば、何故自分たちと合流しないのか? その疑問を拭い去ることが出来ないからこそ、どうしたってバツの悪い返事になってしまう。
すると、猫下は相変わらずの開いているのか閉じているのか分からない糸目で、背後から映像を映したホロスクリーンを覗き込んだ。
「ちょっと、この部分を拡大することって出来ませんか?」
猫下が指したのは画面端に映る真っ赤なジャンパーを羽織る少女だ。目深にフードを羽織っているせいで顔の全容は定かではないが、どこか見覚えがあるような気がするのは何故だろうか?
薄っすらと吊り上げられた口元に、カラコンをはめているのか左右非対称の瞳。そこまで画像を拡大し、辰巳はハッとする。
「なっ、コイツは⁉」
「やっぱり……多少雰囲気は違いますが、彼女は指名手配中の幻想人『赤すぎん』で間違えないかと」
けど、何故だ? 華怜は赤ずきんに連れ攫われたはず。それが、どうして今は行動を共にしているのか?
辰巳のクエスチョンマークをいっぺんに解消する答えなんて一つしかない。
「行方不明の大上巡査部長と、連続小児誘拐殺人犯の赤ずきんは、裏で共謀しているんじゃないでしょうか?」
「は……?」
「勿論、もしかしたらの話ですよ。ただ、僕にはこの二人がやけに親しげに見えるんです。それに二人が何らかの理由で利害関係を結び、行動を共にし始めたのなら、大上巡査部長が僕らの下に戻ってこない理由にも説明がつきますよね?」
実際、幻想人と人間が協力関係を結ぶケースは珍しいものじゃない。彼らの異能を利用したいと目論む人間が一定数いるからだ。
近年では反社組織が偽造した戸籍や身分証を販売する代わりに、組織のヒットマンとして危険な幻想人を雇用した事例や、海外の紛争地域では多額の報酬を支払う代わりに彼らに傭兵の真似事をさせる事例が目立った。
そして日本では、幻想人を隠匿・隠居した者に、人間の犯罪者を庇うよりもずっと重い罪が課せられるよう法改正されたことも、辰巳の記憶には新しい。
「まさか、そんな……」
「大上華怜と赤ずきんが何らかの経緯から共謀関係を結んだ」という猫下の仮説は、考え得る可能性の一つだ。客観的な視点からの分析であり、ありうる可能性の私的でもある。
ただ、それは辰巳にとって、この一年ずっと可愛がってきた部下を侮辱されたのと同じだ。
「あり得ない」
「……はい?」
「確かに大上巡査部長は問題行動が目立つこともあった。ただ、アイツは自分の正義に誰よりも忠実なんだよッ!」
いくら主席と言えど警察学校を卒業したばかりの新人が。それもまだひ弱そうな新任の婦警が、幻想人犯罪の最前線とも言える対策班に加わることになったのだから、周りは幾らでも彼女の陰口を叩いた。
当の自分だってはじめは色眼鏡をかけて彼女のことを見ていたのだろう。だが、そんな印象が変わったのもすぐのことだ。
華怜は空き時間を見つけては過去の事件ファイルを眺め、そうでない時は必ず〈ウルフパック〉の疑似体感シミュレーターに籠っていた。誰かが「上に気に入られるための点数稼ぎだろ」と嘲ようとも、彼女はその習慣を変えずにだ。
いつだったか、辰巳は彼女に「何で警察官に、それも幻想人対策班なんかに入ろうと思たんだ?」と尋ねたことがあった。
すると彼女はいつもの気の抜けたような愛想笑いではなく、瞳を猟犬ように細め、はっきりと答えたのだ。
────「理不尽な悪意から一人でも多くの人を護りたいから」だと。
そんな一面を知るからこそ、華怜の正義が疑われることは不愉快であった。
彼女が赤ずきんらしき人物と行動を共にしているのだって、何かどうしようもない理由があったはずだ。
「僕だって身内の人間を失いたくはないですよ。それに、考えうる可能性の中でもっと高いものを挙げただけですから、そうカッカしなくてもよくないですか」
言葉とは裏腹に、猫下は自らの仮説に自信を持っているのだろう。それは彼のニヤケ面にも表れていた。
「なるほどな……浪岡先輩が前に言ってたのは、こういうことか……」
コイツは、猫下誠人は底が知れない。
二人の間に流れるのはピリついた空気だ。間違っても殴り合いには発展しない、それでも互いが沈黙し合う険悪な数秒が流れた。
「おい、タツ!」
そんな沈黙を裂くかのように、オフィスへと飛び込んできたのは浪岡(なみおか)だ。
「不味いことになったぞ! 例の大上達の動画に映っていた少女の一人らしき遺体が出てきやがったんだッ!」
◆◆◆
それは華怜やレッドフードと共に映っていた三人目、百千桃佳(ももちももか)の遺体だった。
この事件を皮切りに、大上華怜が、レッドフードが、そして辰巳鋼一郎(こういちろう)が辿ることになる道筋は、最悪な結末に向けて加速する。
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