第12話 最強最悪の幻想人……?
桃太郎の御伽話を知らない者はいないだろう。桃から生まれた少年は、誰もが知る日本昔ばなしのヒーローだ。
だが、幻想人(フェアリスト)の「桃太郎」は犯罪史において、紛れもなく最悪の個体であった────
二〇三四年に彼が引き起こした「暴徒国会襲撃事件」。
「俺がこの國を牛耳る悪鬼を打つ!」等の供述を並べた彼は、数百人にも及ぶ一般市民を洗脳した挙句に国会議事堂を襲撃したのだ。
彼は別に右翼的な思想を持っていたわけじゃない。強いて言うのであれば、彼はただ単に、闘いたかったのであろう。御伽話の桃太郎が強大な鬼たちに挑んだように、「強大な何かと戦うのが己だ」と定義した結果、国家権力への闘争を選んだのだ。
洗脳された市民たち一時議事堂内に立て籠もるも、突入した警察特殊部隊と交戦へ発展し、双方に多くの死傷者が出た。
当然、華怜(かれん)はその全てを記憶している。巻き込まれ犠牲になった政治家や、数に圧殺された特殊部隊員、そして自我を奪われたまま止むを得ずと殺されてしまった一般市民たち。彼らも自分と同じく、当然の権利を「理不尽」によって踏み躙られたのだから。
これから紹介してもらう何でも屋は、そんな桃太郎の片割れ。大罪を犯した桃太郎の〝裏〟と共にこの世界へ産み落とされた、桃太郎の〝表〟だ。
その片割れの恐ろしさと悪辣さを知っているからこそ、華怜は無意識に身構えてしまう。乾いた唇を結び、緊張を緩めないままレッドフードの後に続くのだが、
「────ひぃぃっっ! しょ、初対面の人だぁ!」
そんな奇怪な悲鳴を上げたのは、細身の少女であった。
待ち合わせ場所として案内されたのは目立たない裏路地で、そこには侍風の日本男児も、かつて大量の死傷者を出した革命家気取りもいない。
代わりに魔法少女風のキャラがプリントされたシャツを着込んだ少女が一人。髪は野暮ったく伸びきっており、背中には何が詰まっているかも分からない大きなリュックサック。
それに右往左往する視線と整わない呼吸からも、彼女が内向的でイレギュラーに弱そうなことタイプであるが伺えた。
「ねぇ、レッドフード……この子が本当に何でも屋なのよね……?」
「そうだよ。ねー、桃太郎ちゃん! あっ、彼女、人見知りなオタクっ子ちゃんだから、あんまり怖がらせないであげてね」
幻想人の表と裏は、同じ異能に同じ声、同じ顔を持った鏡合わせのような存在である。だが、彼女らは片割れであると同時に相反する存在でもあった。
レッドフードと赤ずきんの瞳の色が左右で真逆なように、桃太郎の場合はその性別が表と裏で逆なのだろう。
思い返してみれば、殺処分された桃太郎の裏も、美少女と言って誤魔化せそうな中性的な顔立ちをしていた。それとそっくりそのまま同じ顔をした桃太郎の表は瞳にグズグズと涙を溜めているのだが……
「うぅ……だから『桃太郎』呼びはやめてって言ってるじゃないですか! 仮にも私は女の子ですし。それに今の私は、『百千桃佳(ももちももか)』と名乗ってるんですから!」
「おっと、そうだったね。じゃあ、私のことも『レッドフード』って呼んでよ。最近名乗り始めたんだけど、結構良さげじゃない?」
キメ顔を見せるレッドフードは無視するとして。このまま桃太郎の表改め、百千に怖がられたままでは話が進まない。
ひとまず警戒を解くことから始めようと、華怜は笑顔を心がけた。
「うっわ、これ以上ないほどの作り笑い」
「レッドフードは黙ってて。私は大上……と言っても、何でも屋の貴女なら、私の噂くらい耳に入ってるんじゃないかしら?」
「ええと、お噂は予々と。それに赤ずきん……じゃなくて、レッドフードの姐さんから事前に大まかな事情を伺っていましたし」
ならば、と華怜は早速本題を切り出すことにした。
「私は今、赤ずきんの裏を追っているの」
「オオガミちゃんと私は共犯者なんだ! 可憐な二人。お巡りさんと幻想人のタッグで巨悪に挑むだなんて、なかなかロマンがあると思わない?」
「黙ってて、って言ったわよね? ……けど、レッドフードの言うことも半分は本当で、私は彼女と手を組むかを迷ってるのが現状なの。そこで判断材料の一つとして、貴女のことを紹介されたんだけど」
「な、なるほどです。……つまり姐さんは、無関係だった私まで、交渉のダシにしていたと。虎の威を借る狐改め、桃の威を借るクソ頭巾ですね……へへ」
百千とレッドフードの間には明確な上下関係があるようにも思えたが、それでいて彼女もなかなか尖った物言いをするらしい。
「まぁ、そうね……だから単刀直入に聞きたいんだけど、何でも屋としての貴女はどのようなサービスを提供してくれるのかしら?」
今の華怜は、赤ずきんを追い詰められるようなアドバンテージを何も持っていない。切り札だった十三号車はあのザマだし、彼女の行方を掴めるような情報も持っていないのが現状だった。
正直に言えば、提供してもらえるサービスは何だっていい。彼女が何らかのアドバンテージを齎してくれるのであれば、それは百千と取引をするのに、ひいてはレッドフードと共謀するかどうかの判断材料になる。
すると、彼女の表情がヘラヘラと緩んだ。
「提供できるサービスは何でも構いませんよ。ほ、ほら……私は何でも屋を自称してる訳ですし」
「何でもって……ある程度は限度があるんじゃないの?」
「い、いえ! 私の異能は便利なものでして、本当に大抵のことは一人で出来ちゃうんです!」
そう言って彼女が懐から、何かを取り出した。モチモチと丸っこいそれは、「お腰につーけた」のフレーズでおなじみ、キビ団子であった。
華怜は「桃太郎」の有する異能の詳細を思い出す。その異能は、他者を傀儡とする精神干渉系の洗脳能力。そして能力発動のトリガーとなるのが、このキビ団子を摂取することなのだ。
「私から手渡された団子を口にした人間は何でも言うことを聞いてくれるし、どんな質問にも答えてくれるんです……もっとも私はもう一人の私より器用じゃないから、洗脳時間も一度に操れる人数も彼よりずっと少ないんですけどね」
それで華怜にも合点がいった。どおりで気弱そうな彼女が、何でも屋のような危なっかしい仕事をしているのか。
団子を口内に放り込むだけで、どんな相手にも自由に命令を聞かせることができるのならば、大抵の依頼をこなせてしまうのだろう。
「それにね、驚くのはまだ早いよ。ねぇ、百千ちゃん。今月、キビ団子を使った回数は?」
「さ、三回ほど……」
「それじゃあ、今月入ってきた以来の件数は?」
「そ、それは企業秘密です! お客様によっては依頼した事態が秘密にしてほしいと言うケースもありますし」
「じゃあ、私が依頼した回数だけで良いからさ」
「えっと、レッドフードの姐さんが私の元に依頼を持ってきた回数は二十回ほどで……主立ったものは人目につかない逃走ルートの散策や、アジトの候補地探し。あとは赤ずきんの裏にまつわる調査とか、この世界に生まれたばかりで助けが必要な幻想人の表がいないかとか、そういう調べ事がメインですね」
レッドフードが華怜の横からほくそ笑む。
「どう、凄くない? 彼女はそもそもの頭の回転が速いからね、異能を使うまでもなく、何でも屋としてやっていけるだけのノウハウを確立してるんだ」
人は見かけに寄らずと言うべきか。目の前の陰鬱そうな少女は、「桃太郎」という存在からあまりにも掛け離れた印象を受ける。
ただ、半ばズルのような異能を携えた彼女が、何でも屋として文句の付けようがないのも事実だ。レッドフードの共犯者になるか否かはひとまず置いておくにしても、彼女は囲っておきたい幻想人の一人であった。
「ちなみ百千ちゃんは私の仲介なしじゃ、オオガミちゃんと会ってくれないからね」
「えっ……別に私は、報酬さえ用意してくれれば……」
「会・っ・て・く・れ・な・い・か・ら・ね! 彼女の便利な異能を間接的に利用できるってだけでも、私の共犯者になるには充分なメリットだと思うんだけど」
レッドフードがヘラヘラと緩んだ百千の口を塞ぎながら、執拗に答えを迫る────「私の共犯者にならないか?」と。
「そうね……確かに、多少のリスクを犯してでも貴女が百千さんを紹介してくれた理由にも納得できた。それに彼女の異能があれば、私たち二人で赤ずきんを追い詰めるって話にも、ある程度の現実味が帯びてくると思う」
そして、百千の存在は都合よくあると同時に危険でもある。一度は国家規模のテロに用いられたのと全く同じ異能を、目の前の気弱な幻想人が保有しているのだから。
きっと自分が彼女のことを野放しにできない、という所までがレッドフードの算段なのだろう。
この二色の双眸をした少女もふざけてばかりなようで、相変わらず抜け目がない。
「それじゃあ、晴れて私たちは共犯者! 百千ちゃんは頼れるゲストキャラってことで」
「待って、レッドフード。まだ私はそれに頷けない。だって────」
華怜は徐に百千の肩を弾いた。ヘラヘラ顔が一変、すぐに恐怖で引き攣るも、お構いなしだ。そのまま襟首を掴んで、彼女を壁際に押しつける。
「────だって、彼女。何か隠し事をしてるみたいだから」
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