赤ずきん殺しのロンリーウルフ

ユキトシ時雨

プロローグ

第0話 アン・ハッピーバースデー・フェアリスト

 少女は唐突にこの世界へと産み落とされた────


「ここは何処なの……?」


 目の前を凄まじい速さで行き交うのは、四輪を履いた鉄塊たち。周りには老若男女が横並び、彼らが一様に向かいの路地で赤い光を灯す機械を注視しているのだと理解できた。


「ッッ……!!」


「ここは都市部の交差点」そして「自分は信号待ちをしている人々の最前列に産み落とされた」という情報が、焼けるような痛みと共に少女の脳内へと注がれた。


 あまりの痛みに蹲ってしまった少女へ、周囲の人々は心配する素振りを見せた。だが、少女の格好を注視した彼らは、一様に引き攣った笑みを浮かべながら視線を逸らしていく。


 コスプレ趣味か、地雷女か。異国の少女服に、彼らは「面倒ごとには関わらないでおこう」と利口な判断を下したのだろう。


 まだ熱を帯びた頭を抱えながら、少女はそのことを理解する。実際のコスプレも、地雷女も見たことがないと言うのにだ。


 注ぎ込まれる情報は止まらない。「今が二〇三〇年であること」「ここが日本という国であること」「近年は、着込むことによって身体機能をアシストするウェアボットの普及が著しいこと」次々とこの世界の常識を理解させられた。


 だが、数多の情報が頭の中を駆け巡っていると言うのに、肝心なことが判らないことに少女は気付かされる。


「私は誰なの……?」


 そのことに気付いた途端、身震いがした。


 自分が何者なのか。一体何のためにこの世界に産み落とされたのかが判らないのだ。


 やがて信号機が青へと切り替わり、少女は人波に揉まれていった。


 肩や鞄をぶつけられ、雑踏が小さな身体を呑み込んで行く。自慢の銀髪も、ウィッカーバスケットの中に収められたケーキとワインもこれでは台無しになってしまう。


 金色と銀色をした瞳に涙を溜めながらも、少女はやっとの思いで交差点を渡りきった。


 そして彼女は少しずつ理解していく。


「私は、」


 頭の中に流し込まれる情報が教えてくれるのだ。────「私は幻想人(フェアリスト)」「御伽話から出力された『赤ずきん』の〝表〟である」と。


 ◆◆◆


 以下は二〇三〇年から、二〇四〇年に掛けて幻想人が引き起こした事件と、その顛末である。


 ・二〇三〇年。「竹林抗争事件」──「かぐや姫」と機動隊が交戦の果て、死傷者多数。

 ・二〇三二年。「『お菓子の家』無断建築&立てこもり事件」──「ヘンゼルとグレーテル」を射殺処分。

 ・二〇三四年。「暴徒国会襲撃事件」──「桃太郎」を確保。並びに所持していた「キビ団子」を押収。

 ・二〇三五年。「濃霧老衰事件」──「浦島太郎」を確保。

 ・二〇三七年。「偽造通貨六兆円事件」──「金のガチョウ」を確保。


 これらはあくまで代表的なものや凄惨だったものに羅列したに過ぎず、小規模や中規模な事例を合わせれば、とても数え切れなくなってしまう。


 警察関係者からすれば、この羅列を見ただけでも気が滅入ってしまうことだろう。


「御伽噺の世界から、その代表者が超常的な力を携えて、この世界に現れる」という現象は、二〇三〇年の中頃から多発し、一〇年たった今でも一向に解決の兆しが見られない。


 ただ一つハッキリしていることがあるとすれば、御伽噺から出力された幻想人たちが「絶対悪」ということだけだ。


 幼少期に絵本の中で見知った彼女らの姿は、一見して親しみやすい存在に感じることだろう。だが、連中にこちら側の常識は通用しない。


 連中は心の底から楽しんでいるのだから────自らに備わった力で、他者の権利を踏み躙ることを。

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