第44話 シリブロー単独ライブ 開幕
ようやくお客様が入場できるようになった。
そして俺は衣装の上からスタッフの上着を纏い、帽子、マスクと伊達メガネを掛けて案内誘導をしている。
これには事情があった。リハーサルが終わり楽屋に戻れば平賀社長から案内誘導をするように頼まれたからだ。横にいた太陽が楽屋に大人しくしてもらうよりもスタッフさんの仕事を手伝う方が管理しやすいと漏らしていた。多分おかしな行動をすると思われたのだろう。
こちらとしても暇だったので助かった。
案内誘導といっても招待した方々を発見次第、席に案内すること。一般のお客様に関して声を掛けられない限りしなくて言いとのこと。
会場の入口に立ち周りを見る。さっそく発見した。変装しているが四人組かつ少し漏れ出る高貴な感じは俺の知る限り一人しかいない。
列に並らんでいるので近付き、
「すみません、お客様、ご案内してもよろしいでしょうか?」
去城さんの手をとり、四人を列から脱させる。
「急に何でしょうか?」
あまりのお客様に聞かれないように意識しながら、
「お客様はご招待された方でしょう?」
「そうです!」
「...コクリ」
入間さんと速水さんが反応する。億が一、間違っていたら申し訳なかった。
「ではご案内します」
先頭に立ち、一般のお客様とは別の入口に向かう。ある程度入れば帽子を取る。すると、
「特別なお客様には特別なスタッフさんが対応するのね」
去城さんは俺の腕に体を預け、腕を絡めてくる。
「羽矢可?!」
「...痴女」
「誰が痴女よ、ほんと...というかまだ気づいていないの?」
「?」
「...?」
呆れた声を聞いた入間さんと速水さんは同時に首を傾ける。
ネタバラシとして楓口暁の雰囲気を全面に押し出す。するとわかったようだ。
誰なのかわかったところですぐにスタッフの雰囲気に戻す。万が一他のお客様にバレるわけにはいかない。
そして俺は邪魔になっていた腕を振り解く。
「残念」
「こちらの方になります」
席に辿り着く。pastelの四人が座れば、
「来ていただきありがとうございます」
軽く腰を曲げる。招待状を送った際に『何が何でもいきます!!』と返ってきたので来ないことについて心配はしていなかった。
「こちらこそ、招待状がなかったら競り負けていただろうし」
「えむの言う通りね」
「...同意」
チケット用の特設ページを用意し、多数のアクセスに警戒していたが、無事一秒も掛からず落ちたとスタッフさんから聞いた。pastelさんは忙しいので特設ページが落ちた一秒の中の一人になっているとは思えない。
「そうだとしたら嬉しい限りですね、では私は他の招待状を出した方を探しに行きますね」
その場から去ろうとした時、去城さんはサッと俺に近寄り耳元で、
「私の両親、もう来ていると思うから」
用心するようにと言わんばかりの声色と共にゆっくりと生温かい風が通り抜ける。
「わかった」
俺の言葉に納得したのか去城さんは笑顔で離れていく。
「ちょっと!?羽矢可?!よくないよ!」
「...やっぱり痴女」
「誰が痴女よ」
背中越しに聞こえる会話...いや昔なら体が震えていた単語『痴女』が聞こえても大丈夫になっていたことに違和感をもった。震えがなくなったことに対する違和感なのか、はたまた解決した安心から来た違和感なのか。今はどうでもいいことだ。
外に出れば明らかに二人の高貴なお客様が列に並んでいた。周りには黒服をきた護衛らしき人が。うーん、親子揃ってわかりやすい。
「突然すみません、招待状をお持ちになったお客様でしょうか?」
音もなく近づいたことで護衛の方が警戒する。
「はい」
肯定を示す微笑した高貴な男性が返事をしてくれる。
「招待状をもつお客様は別の入口に案内する形になっておりまして、着いてきてもらっていいでしょうか?」
「是非」
高貴な方と護衛を引き連れて、先ほどと同じ入口に入れれば少し立ち止まる。雰囲気をスタッフから楓口暁に変え、向き合う。そして身につけていた小道具を外す。
「九条院司様、並びに九条院冷華様お久しぶりです」
ニコッと笑顔で挨拶をする。すると護衛の警戒が緩む。
「お久しぶりだね、楓君。さっそくだがこの前の雑誌について...「楓さん、歩きながらで良いから」
「了解しました」
振り返り、ゆっくりと歩いていく。背後で、
「どうして邪魔を?」
「見守ることが応援よ、私たちが動けばどうなるかわかっているわね?」
「...はい」
と聞こえたのはきっと気のせいだろう。表でのイメージが崩れるため尻に敷かれていることは隠した方がいいと思うのだが。
「この度は来ていただきありがとうございます」
「こちらこそ、招待していただきありがとうございます」
「そう言って頂けるとこちらとしても出した甲斐があります」
「楽しみにしているわ」
「ええ、ご期待に添えられるように精一杯頑張らせてもらいます」
pastelさんの前を通り、席に案内する。
「なんか高貴そう...こっち見てなかった?」
「えむ、気のせいよ」
「目合ったもん」
「気のせいよ」
「......楓口暁さんが変装していないのは私の見間違い?」
「それは本当よ」
理由は知らないが親であることを隠している去城さんに疑問をもつが済ますことはある。
「こちらがお席の方になります」
「ありがとう、お仕事頑張って下さい」
「ありがとうございます、失礼します」
そうしてまた繰り返していく。両親、兄姉、pretty moon先輩の招待客やカノンの招待客全員を案内し終えた頃に、アナウンスが鳴る。
『本日はシリブロー単独ライブ〜ver.1に来て下さり、ありがとうございます。さっそくですが注意喚起の方をさせて頂きます。他のお客様の迷惑になる行為や物を投げる危険行為並びに撮影、録音や録画も厳禁です。また体調が悪いと感じた際には近くのスタッフさんにお声掛けの方お願い致します。そして演出上、小道具が客席に届く場合もあります、その際は持ち帰ってもらっても構いませんが、争いはしないで下さい。以上、五名しか所属していないアイドル部門の内の一人、カノンでした!皆さん盛り上がっていきましょう!!!』
そうして会場全体が暗くなった。
ようやく開幕だ。
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