第40話 アドバイス
楓口暁の未練はない。だけど俺はアイドルをしている。暁楓という人物はアイドルどころか表舞台に立つことや目立つことを避けようとする癖がある。
しかしあのライブで純粋にアイドルしていたいと思ってしまった。
俺は誰なんだ?
依然曇天は変わらない。
日常は暁楓で、アイドルは楓口暁。それならばどれだけ良かった...か。
日常では楓口暁の強気な部分が見られ始めた。そしてアイドルしている時は前までは考えもしなかった失敗を考え、暁楓としての側面も見られ始めた。
「何か考え事ですか?」
同じベンチに座っていた女性の声。聴き覚えはあるのに思い出せない。
その声は警戒心を緩めるような優しい雰囲気を纏っていた。
「そうです」
「言える範囲でもいいですので話してくださいませんか?他人に話すことで考え直せるかもしれません」
「確かにそうですね...」
少し間を置き、ゆっくりと口を開く。
「日々生活を過ごす自分と仕事をしている自分はそれぞれ独立して存在していたんです、しかし最近になって混ざり合ってきたって言えばいいですかね、混合してそれが気持ち悪いんです。本当の自分はどこにあるんだと」
「...他人事なんで言わせてもらいます、生活している時と仕事をしている時の自分が違うというのはわかります。私もそうなので。けど私は仕事をしている時は猫を被っているんです。私と違うのはそこだと思います。あなたはまるで両方ともが本当の自分であったと言わんばかりに、仮にそうだとすれば混合していくのは当たり前です。日々の生活の中で仕事のことを考えることは必ずあるはずなんです。えっーと、つまり私が言いたいことは根本の考えは一つなはずなんです。生活を送っている時も仕事をしている時も他の時だって、偉そうにしてごめんなさい」
「いえ...」
暁楓と楓口暁は別人じゃない。受け取り方が違うだけで同じ思考を共有している。
だから混合している自分も本当の自分。
俺は女性のように猫を被れない。だから別の自分があると考え、暁楓、楓口暁として活動していた。それがアイドルを仕事としてやって行く時に混合しただけ。
つっかえがとれた。
簡単な話だった。今の自分も過去の自分も本当の自分だったんだ。
「変わったようだね、良かったよ」
女性は立ち上がった。サングラス越しの瞳が見える。俺は知っていた。相手は俺の雰囲気のせいでわかっていないようだ。
「お久しぶりです、明智海歩さん」
「その声、えっ、えっ、あ、偉そうにしてすいませんでした!!」
「土下座しないでください!!早く立ってください。洋服汚れますよ!!」
数分格闘をした後、近くのカフェになんとか引っ張っていった。幸運なことに誰にもバレなかった。見られていたらいらない噂が立つところだった。
「それで少しは落ち着きましたか?」
「すみませんでした」
彼女は紅茶を少し飲んだあと、勢いよく頭を下げた。
「正直助かりました、深刻な問題だったので」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「面倒なんで言わせてもらいます、顔を上げてください」
彼女は恐る恐る顔をゆっくりと上げる。明智海歩さんの顔の大半を隠していた小物がなくなってわかったことがある。これ周りから見れば相当不味いのでは?
サングラスとマスクをつけた男に対してテーブルに頭をつけていた女性。うん不味い。
「それで話を変えますが...どうやら逃げてきたみたいですね?」
「ギクッ!」
「効果音を声にしないで下さい」
明智海歩さんが落ち着くまでの間、何故明智海歩さんが公園にいたのか気になり、調べたところ...どうやら作曲に行き詰まり休憩してくると言ったきり帰ってこないと明智海歩さんの会社のスタッフさんが嘆いていた。すぐに連絡し、『社長がご迷惑を掛けてすみませんでした。今すぐ向かいます』と返事が来た。
「五時間も休憩しているんですね?」
「うっ」
痛がるような声を出し、紅茶を飲む。
よかった、先ほどの面倒な雰囲気はなくなった。
「だってぇ、思いつかないんだもん」
弱々しい声で言い訳を発する。気持ちはわかるが、
「納品の締切はいつまでなんですか?」
「...明日」
「は?んんっ!進捗の方は?」
「イントロの途中」
「ほぼ最初じゃねぇか!!」
ついつい声を荒げてしまう。
「作詞もまだで、私のせいでストップしてます」
「作詞の人は何か言ってます?」
「『頼む、早くしてくれ!!』って一週間前から事務所ですれ違う度に言われてます」
「...」
えぇ、驚きより呆れが勝つ。"星降るために"の時はしっかりに間に合っていた。どうしてこうなった。
俺は手元の紅茶を味わう。しかし味を感じなかった。
「依頼先からは絶対に間に合わせるよう、依頼料に色をつけてもらっているので延期させることも出来ず、どうしたらいいですか?」
「わからない、けどどういうコンセプトの曲にする予定ですか?」
コンセプトを知らなければアドバイス出来ない。
「依頼先からは夢って言われてます」
「将来の夢的な意味をもつ夢ですか?」
「寝る時に体感する夢の方です」
「なら好きにやればいいじゃないですか」
自身の夢を元にしてしまえばいい。依頼先から『夢』という漠然なコンセプトのみならば自由に出来る。
「...実はゆ「やっといた!!!」
店内に響き渡る声。明智海歩さんは言い切ってから慌てて声の方を見る。そしてすぐさま席を立ち逃げようとする、が遅かった。
「はい、捕まえた。本当にご迷惑を掛けました」
明智海歩さんの腕を掴まえたままこちらに頭を下げてくる。
「いえ」
気不味そうに生返事をする。
そうして明智海歩さんがスタッフさんに連れられてカフェから出ていくのを眺めていた。
「夢を見られないか...」
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