第35話 アイドルの神様降臨?

前奏で顔に出ていた感情を抑えて踊りだす。翠水は周りの方々同様にザワザワと騒いでいるが私は何も見逃さない強い気持ちで眺める。私は彼とデュオを組む、だから学ぶ必要がある。アイドル目線で楓口暁というアイドルを。


まるで何度も一緒に練習して、慣れたかのように踊っているが、ここで気付いた。一番サビの直前なのに彼は一度も歌っていない。どうして気付かなかった?それが当たり前だと認識していたから。


サビに入り、彼はようやく口を開けるが音程より少し低めで歌っており、ハモリを魅せてくる。引き立て役に徹し、pastelさんの曲のように感じてしまう。

彼が入ったことでステージ上は五人に増え、フォーメーションをコロコロと変えていく中でpastelさんだけだったら意識してつくらないとできないポジションであるセンターが誕生していた。pastelさん全員が一度はセンターになっているものの彼はずっと隅で踊っている。


二番目に入る間奏の際、ようやくセンターに立つ。スタジオでもようやくだという視線が向けられていた。

そして裏切られた...周りの振付を無視して狂ったかのように踊り出す。あまりの出来事に彼以外動きを止めてしまう。


振付を無視したことに動揺しているんじゃない。

同化しようとしていた存在がようやく自身が異物であることを認めた瞬間だった。

スタジオでは誰一人騒がしくならない。正しくは騒げなかった。


二度コラボして、他人よりも耐性がある去城羽矢可ですら彼を見つめること以外何もできない。それほど彼は魅了している。


テレビ越し見ている視聴者もスタジオと同じ状態になっているはずだ。


彼に魅了され、彼のために曲が流れている。彼のために時間が使われる。


二番目に入ると彼は他が歌えないことに気付き歌い出す。

歌いながら彼は去城羽矢可の目の前に手を出して反応があるのか手を振ってみたりするが彼のその行動にすら魅了される。


彼は少し肩を落とし、去城羽矢可のほっぺを突っつく。普段なら羨ましいという感情が生えるがならなかった。その行動すら精錬された行動に見えてしまう。


去城羽矢可は何故かハッと意識を取り戻し、すぐに他のメンバーの肩を揺さぶったりして意識を取り戻していく。しかしカメラが彼をセンターにしたことでアイドルに戻ろうとしているpastelさんの様子は見れなくなる。


そして曲が終わった。

pastelさんはステージから去っていき、正確には去城羽矢可に押されるようにして出て行った。

その時、スタジオでは誰もが手を止めていた。出演者もエキストラさんもスタッフさんもただ彼を見つめていた。空を背景にして目を瞑る彼を。


幸運にもスタジオの様子がテレビに映らなくて良かったと思う。これは放送事故だ。


元凶の彼は動いていないのについつい目が引かれてしまう。これが楓口暁の本当の力だと思う。これ以上力があると考えたくない。

それ以上に考えたくないのは私が彼の隣に立った時に出てくる批判だ。私ですら自身に対して批判文が出てくる。


「ちょっとスタッフさん、次の曲!」


小声のような音量なのにはっきりと聞こえてくる。


そして前奏がかかった。

一瞬にして"星降るために"だと理解する。


曲が終わるまで私たちは彼の圧巻のパフォーマンスにリアクションをとることができない。

幾万の星々が輝く幻想的夜空に"どうにもこうにも止められない!"よりも魅了してくる彼。

見ているだけで冒涜的感情が押し寄せる。


アイドルの神様がいるなら、きっと楓口暁様だろう。







幾万の星々が燦然と輝いている。

その下で一人ステージに立つ神様がいた。神様は余韻に浸るかのように目を閉じている。"星降るために"が始まる前の待っている様子とは大きく異なる。


その様子に思わず「綺麗」横のココナが言ったことで言い留まった。これが楓口暁。こんなにも伝説的なアイドルとコラボできていいなー羽矢可わ。

肝心の羽矢可は中継を終わらせようとスタジオで呆けているスタッフや出演者に手当たり電話をかけていく。私たちも手伝うことにした。






山に夜風を吹く。涼しいなー。

俺はアナウンサーの『ありがとうございました』が聞こえるまで耳を澄ませ目を閉じていた。

それまでは絶対に動かない。だって盛大にやらかしたから。


"どうにもこうにも止められない!"で俺がリードしてpastelさんを輝かせるぞと意気込んで一番目を通してみて、俺も多少は派手に動いても問題ないだろうと振付無視した結果がこれなのだ。

pastelさん喰らい尽くしたどころの話ではなく、スタジオにいる出演者さんすら喰らった気がする。



十分後ようやくスタジオにいるアナウンサーさんから『ありがとうございました』と聞こえ、俺も、


「ありがとうございました」


と返す。そして、


「中継終了しました」


スタッフさんの声が聞こえた瞬間、俺は全力で逃げ出すのだった。

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