第6話 オーディション後

「俺も気になってる」


太陽は番組後、叔父にあたる平河と姉である夕波ゆうなみに問い詰められていた。

彼が何者か知りたかったのだ。みんなそうだった。東出モカは未だに楽屋に戻らず隠れて聞き耳を立てている。


「カノンさんの発表の後、体調が悪くなったーとか言って帰って行ったんだ」

「ふーん、で暁君について何か知ってることはある?」

「前髪が長いことと普段からマスクしてて、その理由がデジタルタトゥーって言ってた」

「それが怪しいわね」

「ふむ、太陽」

「はい」

「暁君に聞いてきてはくれんか?」

「はい、わかりました。...姉貴」

「なに?」

「もし万が一、本人だった場合どうするんだ?」


太陽の頭の中には疑問があった。なぜ暁はもし楓口暁が復帰したらと聞いてきたのか。知っているならどうしてペンライトの価値すら気付かないのか。楓口暁本人なら理解ができる。心のどこかで復帰をしたかったのではないか、本人ならペンライトの数本持っているのではないか。

太陽は間違いではないと確信してしまう。


「はっきり言って争奪戦になるでしょうね、所属させた事務所は大きくなることが見込めるからね」

「身内であろうが取りにいくかな、わしなら」

 

平河にそう言わしめた。この事実は楓口暁の凄さを表していた。

そこで太陽は気付いた。暁が楓口暁なら、彼に推されているアイドルはとんでもない逸材になる。でも、楓口暁が人を見る目があるのかないのかはわからないと思い直す。


「で、いつまで隠れて聞いているの、モカ」

「バレてたかぁ〜」


東出モカは観念して姿を現す。四人の周りではスタッフが撤収作業をせっせと働いている。


「早く楽屋に戻りなさい、衣装すら着替えていないじゃない」


pretty moonが所属するのはシリブロー芸能事務所であり、そこの社長を勤めているのは平賀夕波である。


「や〜ん、太陽、どうにかして〜」

「さっと着替えてきてください、スタッフの迷惑になりますよ」

「社長、太陽が冷たい〜」

「当たり前でしょ」


太陽と東出モカは同じ事務所ということもあり、何度も顔を合わせている。太陽は何かの打算で東出モカは関わってきていると疑っている。下積みの自分と人気アイドルの東出、いかがわしい関係ではないがスクープされたら事務所への被害は深刻になるに決まっている。そのリスクを承知の上で関わってくるのなら、一つしか思い浮かばない。姉の夕波に関することだと、詳細なことはわからないが自分と関わるメリットはそれしかないだろう。

渋々楽屋に戻っていく東出を見ながらそう思っていた。




一方で楽屋では...


「デビューライブかぁ」


Be lightのカノンは配布された資料を見ていた。そこにはデビューライブまでのスケジュール、持ち物、会場や当日の時間、そして曲の披露について記入されていた。

初めてのオリジナル曲の披露である。


「んどうしたの?龍亜、そんな心配そうにしちゃって」


鳴海龍亜が本名であるカノンの横にはなぐもが至近距離にいた。


「心配だよ、大体二ヶ月後にはデビューだよ?」

「大丈夫だって、確かにオーディションの時よりも時間はないけど、披露する曲数は二次試験の時よりかは少ないからいけるいける」

「そう、だよね」


カノンは自分に納得させるように頷く。カノンの意識はデビューライブに引っ張られ、気付けない。誰かからの憎みの視線を向けられていることに。それがメンバーであったことにも。


「にしても個人戦惜しかったね」

「うん...」


顔に陰りが見える。たった一人でペンライトを振ってくれた方に申し訳ないという気持ちが込み上げてくる。力不足の自分が情けない。個人戦で落ちてもグループでは合格しているのだからアイドルの道が途切れたわけではないことを理解しているが心がキツく絞められている感じだ。

不合格同士なら傷の舐め合いができるがなぐもは合格している。だから気持ちの共感が躊躇われる。勝者の気持ちなんて知りたくない、敗者の自分にその話をもちかけないでくれと心底思う。


「今日は何も考えず、ラーメンでも食べに行こう!!」

「え?」


なぐもは無理矢理カノンの手を引っ張り、楽屋から出ようとする。


「お三方、お先に〜」

「「お疲れ様」」


クロバ、サエは言葉を、翠水は手を振った。

−壁ができた、なぐもは感じ取った。今日の番組の盛り上がりがグループでも合格した私や翠水でもなく、カノンだったことが原因だろう。

カノンの個人戦は奇跡のストーリーの幕開けを見ているみたいだった。たった一人が応援してカノンはそれに気付いて自然とギアが少しかかった、その結果ギリギリ不合格になれた。本当なら確定不合格であっただろう。また多数の人ではなくたった一人、これがポイントだ。

カノンは最底辺とは言わないけど、アイドルの人気としては下から数えた方が早いだろう。それこそ、観客の誰もペンライトを振らないと確信できるほどだった。実際予選では視聴者二割の審査員十割で突破した。だから驚いたのだ。さらに楓口暁のライブの大変価値のあるペンライトだったことに驚愕した。私たちは楓口暁を神聖視しているからこそ、他の人たちよりも衝撃は大きかった。

このアイドルオーディションは楓口暁に魅了されて、私もアイドルになりたいとか、可能性は希薄だがコラボできるかもしれないと夢見る子が参加している。つまり楓口暁は絶対なのだ。だから翠水が憎む気持ちは理解できる。下に見ていた存在が私たちの絶対楓口暁に関するペンライトで応援されているのだ。悔しいし、憎い。なんであの子だけが、私だってほしいって。だから東出モカの発言から私たちと同じだと気付けて嬉しかった。


「どこのラーメン屋に行く?」


会場から出てみたものの、周辺には多くのラーメン屋があることを思い出した。

このあたりの土地勘のある私は数多といっていいほどおすすめがあるから悩んでいると、カノンはサッとスマホを取り出し、検索する。


「なぐも、いや桃花ちゃんは覚えてる?Be lightを結成するってなった時、どこで食べたか」


なぐもことふじ桃花とうかは必死に捻り出すが、翠水が提案して五人で食べに行ったことしか思い出せなかった。


「ここだよ」


カノンは足を止める。そこはチェーン店であった。

なぐもはよく覚えてるなと感心していた。


「このチェーン店だよ」


カノンは迷いなく入店していくのでなぐもは少し慌てながらもついていく。

それからは何もなく、ラーメンを食べ帰宅した。



ーーーーーーーーーーーーー

芸能事務所シリブロー

社長は平賀夕波

実はアイドルとして所属しているのはpretty moonのみ。

5年前、大手アイドル事務所ルドバーンの傘下から独立した。規模はさほど大きくない。

社長は独身。



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