伝説的アイドルは一夜にして去った はずだった...

隴前

一章 彼は再び舞台の上でアイドルに...

第1話 そうしてアイドルを終える、そして伝説になる

「みんなー!最初で最後のライブに来てくれてありがとう!」


俺は大声で感謝を伝える。

千五百席ぐらいを収容している会場をお借りして、最初で最後の有人ライブを始める。来場者のペンライトと初の手作りグッズを渡そうと数の確認した時満席と知って驚いた。一人ぐらいは来ないだろうと考えていたのに。


「じゃあ、早速一曲目いこう、"fast color"」


『キタァーーーー!』

『よっしゃ!』

『これか!』

『キャヤーーーー!』


舞台袖にあるパソコンのエンターキーを押す、すると会場全体が薄暗くなり、イントロが流れる。背後にある巨大な液晶画面にはこのライブ用に制作したMVが流れる。

今までほぼ一人でここまで来たんだ。

俺の最初のオリジナル曲である"fast color"の作詞作曲はもちろん自分、そしてアイドル活動を始めた時の曲でもある。この曲には自分は変わらないってことを込めて作った。


マイクを自分の口に近づけ歌いだす。

そこで見た水色のペンライトの波は忘れない。


〜〜〜〜〜〜

〜〜〜


楓口かえでぐち あかつき、三年前に彗星の如く配信サイトに現れたアイドル。どこか哀愁を帯びたイケメン青年だった、しかしアイドルになる時は人が変わったように底なしの楽しさを持ち、視聴者側も自然と楽しさに巻き込む。

 この青年には特徴がある、それは事前に引退をすることを告知していることとグッズを出さないことだった。

 なぜ引退することを最初に告知したのか。その問いの答えはいまだ不明。でも引退することを知ってもファンを辞める人はいなかった。

 グッズのことについては「引退することが決まっているからかな、そんな状態でグッズ出すのは気が引ける」とのことだった。それでもファンはグッズを出してくれと懇願していた、結局グッズを手に入れたファンは千五百人だけでつまり、会場来れた猛者だけだった。

 またこのアイドルは定期的にオリジナル楽曲の配信、歌ってみたや配信上のライブを行っていた。そこで見せているダンスはキレッキレであり、歌も当たり前のように歌唱力があり、特に表現力が高い、まさに最高のアイドルだった。

リアルで見たいという声が活動開始半年からだんだんと上がっていた。結局それが叶ったのは最期の時だった。


【最後のライブします、来てくれるわからないけど〇〇会場で。もちろん配信します。会場の席のチケットはこちらから→URL

 本当にありがとうございました!!最後のライブでも皆さんの応援楽しみにしてます!】


最期の告知を送信した時、彼のチャンネルには八百四十万という数の人達が登録していた。なので千五百席というあまりにも少ない席数は1分もかからずに満席となり、サイトが落ちた。


この青年の欠点は自己評価ができないところだ。八百四十万も登録しているのだから千五百席という数では足りないのは目に見えてわかっているはずなのに、『リアルでライブするってなったら来る人はほぼいないだろう』という考えをしていた。



〜〜〜

〜〜〜〜


「皆さん、今日は来て頂きありがとうございます、皆さんがいたからここまで来れました。辞めるということに少し悲しくなりますが、この三年間で培えた経験や力を持って次に進みたいと思います。じゃあ、ラスト曲いきます」


ライブを一人で全て行うってここまで大変なんだな、すでに体力は底をついている。だけどもファンの応援にパワーをもらえる。リアルのライブって良いな。


『もう最後か』

『あっという間だった』

『もっと続かないかな』


ファンのみんなはどこか寂しそうにしていた。

活動当初は思わなかったが、途中から辞めることが少し億劫になっている自分がいた。だからといって辞めるまでの期間を延長してはいけない。

それでは意味がなくなる。


「"星降るために"」


『やっぱりこれか』

『キタァアアアア!』

『最後まで応援するでぇ』

『幻想的だ』


イントロが始まると会場の天井に星空のプロジェクションマッピングを表示する。

この曲は初めて作曲を他人に依頼した曲だ。当時、星のきれいさを魅せるためのテンポや音程がよくわかっていなかったこともあり、作曲づくりに難航していた俺は数か月悩み、結局誰かを頼ることにした。作曲の依頼を引き受けている人を見つけ、心臓をバクバクさせながら依頼したことを今でも覚えている。のちに依頼を引き受けた人がバズったことも覚えている一つかもしれない。

"星降るために"は俺が思うきれいなものを考えた結果できた曲だ。背景には世界はきれいなことの方が少ないと思い、これぐらいしかきれいなものがないと批判する一面を持った曲を作ろうとしたのが始まりだった。


 とにかく星のきれいさを表現することだけに力を注いだこの曲を作詞した自分ですら思いをこめて歌うのが難しいのだ。自分が歌ってきた曲の中で一番と言ってもいいだろう。二年前にできた曲ではあるものの今でも表現できているか不安を感じ、本当に星を眺めに行って、気持ちを作っていた。言葉にできないきれいさを音に乗せて歌う難易度を何回も確認できる曲になっていた。



ファンの人たちは何も発せずただ目を閉じて聞き入っていた。

 よかった、なんとか表現できてる。少し安心するな。


自分の声と伴奏しか聞こえない、物音すら聞こえない不思議空間と化していた。

そうしているうちに”星降るために”は終焉を迎えた。


「本当に今までありがとうございました、こ、こうやって、皆さんとで、出会えたことは宝です」


思わず涙を流してしまう。彗星の如く現れ、彗星の如く消えていく。短命なアイドル人生がここで終わりかと思うとなぜか悲しい。わからないけど悲しい。


俺はそのまま急いで舞台裏に逃げようとした。泣いてしまった恥ずかしさも相まって。


『アンコール!』

『アンコール!』

『アンコール!』

『まだ終わらないで!』

『まだ見たい!』


ファンの声が聞こえる。さらに涙を流してしまう。

だったら一曲だけ生き残ってみることにした。


パソコンに近づいて震える手でとある曲のイントロを流し始める。

この曲は発表する気がなかった曲、つまり未発表の曲であった。

一瞬パソコンに表示されている時間を確認する。

もう配信の方は終わっている、この曲で失敗しても千五百人しか知らないことになる。

あぁ、吹っ切れた。マイクをもつ震えていた手は、涙でぼやけてしまう視界がクリアになった。


「それでは聴いてください!未発表の曲"road last"!」


こうして俺の楓口暁としてのアイドル人生は終焉を向かえた。



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読んでいただきありがとうございます。

この作品が良かったと思えるならぜひ★や❤️をつけてくださると幸いです。

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