第3話

 蚊に刺されたところに爪でバツ印をつけた時の痛くて気持ちいい感覚のような、ぎりぎりで酸味が勝っている甘酸っぱいすもものような。

 発熱した体のだるさと滑るような汗がべたついて憂鬱なのに、じっと動かずに横たわっていたいような気持ちで目を閉じているとベッドがぐん、とバウンドしてカチリと音がした後に、扇風機の生温い風がタンクトップの隙間から首筋に吹き抜けていく。

 首振りの設定にしているからあぁ涼しいな、と思うとすぐに風は通り過ぎてしまうからじれったい。

 目を閉じたままで扇風機がテーブルやキッチンの辺りまで首を回しているようすを想像しながら待ち遠しく思っていると、予想したより少し遅いタイミングで、少し埃をはらんだ風が戻って来る。

 私が扇風機の首振りタイミング合わせごっこを楽しんでいる間に、タカオは小さな部屋をうろうろと歩いているようで、歯磨きのブラシの音や服を着る布の擦れる音、パンツのベルトを締める音や鍵をテーブルから取り上げるような音が聞こえてくる。  

 いつも歯磨きをしながら同時進行で朝の準備をするから、口の中が泡だらけなんじゃないかと心配になってしまう。

 暫くしてうがいをした水を吐き出す音がした後に少し静かになったので、ブレイズの髪をまとめているのかな、職場の工場では髪の毛が落ちないようにシャワーキャップを被るから、髪はまとめておかないといけないって言ってたなぁと思いながら、6回目くらいの首振りの風が吹き戻ってきたあたりで私はまたうとうとしてしまい、気づくとタカオは仕事に出かけた後だった。

 成人式が過ぎてもう何年も経つのに、こういう時にはなんで子どもみたいに寂しくなるんだろう。

 寝る前にはいた誰かが起きたらいなくなっていると、最初から誰もいないより孤独な感じがする。

髪はぼさぼさ、汗ばんで全身しっとりしているのに唇は渇いていて、寝起きの私は本当にみすぼらしい。

 そう思ったら、何だかお腹も空いてくる。

冷蔵庫には昨日のエグシスープの残りがあるけど、ご飯かフフがないと辛くて食べられない。

 タカオはちょうど今お米を切らしていると言っていて、私はフフを上手に作れない。

 そういえば、前に同じようなことがあった時に「バナナを乗せて食べたら」と言われたことがあった。

 タカオと会うまでアフリカ料理に馴染みのなかった私には、今もちょっと想像のつかない組み合わせだ。

 エグシスープもフフも、初めて食べた時は本当にわくわくしたなとあれこれと食べ物のことを考えていたら、どんどんお腹が空いてきた。

 薄暗い部屋にいると、この広い世界に私だけひとりぼっちみたいな気持ちになるから、出かけることにしよう。

 胸の辺りまである髪をトップで適当にお団子にまとめて軽くシャワーを浴びてから、昨日のホットパンツにタカオのTシャツを借りて、コンビニがある駅の方へと向かった。


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