第28話 記憶を紡ぐ夜

島でのワークショップを終えたあきらは、再び次の目的地に向けて旅の準備をしていた。島の静かな空気に包まれながら、彼はこの場所で出会った人々との交流が自分にとって特別なものになっていることを感じていた。彼らとの出会いは、感情日記の力を改めて感じさせるだけでなく、自分自身の心にも深い影響を与えていた。


その夜、あきらは港近くの宿に戻り、窓の外に広がる星空を見上げながら静かに感情日記を書き始めた。今日感じたこと、出会った人たちの言葉、そして自分自身の心の変化を言葉にしていく。そんな中、あきらはふと、幼い頃の記憶が心に浮かんできた。


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あきらがまだ小さな子供だった頃、よく祖父と一緒に過ごした夏の夜を思い出した。祖父はいつも家の縁側に座り、星空を見上げながらあきらにさまざまな話をしてくれた。祖父は無口な人だったが、何かを感じ取ったときには、深い声で語りかけてくれることがあった。


「あきら、星を見てみろ。あの星たちのように、人の心にも光があるんだ。たとえ今は暗く感じても、必ずどこかに光がある。その光を見つけるために、心を大切にするんだよ。」


祖父のその言葉は、幼いあきらにとって少し難しかったかもしれないが、不思議とその時の光景は今でも鮮明に記憶に残っていた。特に、あの星空を見上げながら祖父と交わした何気ない会話は、あきらの心に深く刻まれていた。


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ふと、祖父の言葉を思い出したあきらは、心が温かくなるのを感じた。感情日記を書き続けることで、自分の心に光を見つける旅をしているようだと思ったのだ。あのとき祖父が言っていた「心の光」という言葉の意味が、今になってようやく理解できた気がした。


「祖父が言っていた『心の光』は、感情日記を通じて少しずつ見つけているんだろうか…」


あきらはそう感じながら、感情日記に今日の気づきを綴り続けた。


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翌日、あきらは港の朝の静けさの中で出発の準備をしていた。次の目的地は、これまでの旅とは少し違った、歴史ある街だった。彼はその街で、過去と未来を繋ぐような体験を得られると感じていた。


船が出航する直前、一人の男性があきらに声をかけてきた。彼は、島のワークショップに参加していた中年の男性で、ワークショップが終わった後もあきらの言葉が心に残っていたという。


「君の話、ずっと考えていたんだ。感情日記って、ただ自分の感情を書くだけじゃないんだな。書いているうちに、忘れていた自分の過去や大切な人との思い出が、自然と浮かび上がってくることがあるんだって気づいたよ。」


あきらはその言葉に深く感動し、男性に微笑んだ。「そうなんです。感情日記を書くことで、自分の記憶や心の中に眠っているものが少しずつ表に出てくることがあります。それが、自分を見つめ直すきっかけになることもあります。」


男性は感謝の気持ちを込めて言った。「感情日記を始めてから、自分が何を大切にしていたのか、そして忘れていたことが何なのかが分かるようになった。君の言葉に背中を押してもらえて本当によかったよ。ありがとう。」


あきらは男性の言葉を受け取りながら、自分が続けている旅が、確かに誰かの人生に影響を与えているのだと改めて感じた。感情日記を通じて自分自身を探すだけでなく、他の人たちが自分の心の光を見つける手助けをしているという実感が、あきらにとって大きな力となっていた。


船が港を離れ、あきらは新たな場所へと向かう。波の音が心地よく、海風が彼の髪を揺らしていた。これまでの旅の中で出会った人々、そしてこれから出会うであろう人々。あきらはすべての出会いが、自分の人生に新たな色を加えてくれるのだと感じていた。


その夜、あきらは再び感情日記を開き、今日の出来事と自分の気持ちを綴った。


「今日は、祖父の言葉を思い出し、自分の心にある光を見つける旅を続けていることを実感した。感情日記を通じて、自分自身と対話し、過去の記憶や大切な人との思い出を紡ぐことができる。そして、それは他の人にも同じように役立つのだと感じた。これからもこの旅を続け、もっと多くの光を見つけたい。」


あきらの新たな一歩は、また一つ確実に前進していた。彼の旅は終わりを知らず、過去の記憶と未来への希望が交差する中で、彼はますます強くなっていくのを感じていた。そして、その旅の中で見つけた「心の光」が、これからも多くの人々に勇気と希望を届けていくことを信じていた。

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