016 コルネリオ・ルウ
町一番の服屋で、私たちはデート用の衣装を整えた。
フリックスは黒の燕尾服で、私はカジュアルドレスを選択。
ドレスは髪と同じ深紅の色合いで、フリックスが選んでくれた。
どちらの衣装も店の中では最高級の代物だ。
それでも価格はリーズナブルで、その分、生地もミドル等級の物だった。
ライルの館で目にした貴族の着ている服とは明確な差がある。
フリックスは気にしていたが、私は全く気にならなかった。
私のような庶民には高級品であることに変わりない。
何よりフリックスが買ってくれたということが嬉しかった。
◇
服を着替えると、ガーラクランを仲良く歩く。
――と思いきや、自動車で別の街まで行くことになった。
フリックスには行きたいお店があるらしい。
「知っているかい? 燕尾服ってのは夜に着る物なんだ」
フリックスが言う。
ハンドルを握り、真剣な表情で前を見ている。
運転中は相手の顔を見て話すことができない。
自動車の欠点だと思った。
「でもフリックスさんは燕尾服にしましたよね? どうしてですか?」
「時間に合わせて着替えるのが面倒だからさ。それに二つも買ったら邪魔になる」
「なるほど、フリックスさんらしい理由です! ところで、私も自動車を運転してみたいのですが!」
「残念、自動車を運転するには免除許可証がいるんだ」
「免除許可証?」
「略して免許だ。自動車の運転は原則として法で禁止されているから、運転するには特別に免除してもらう許可が必要というわけだ」
「なんと! ならフリックスさんも免許をお持ちで?」
「もちろんさ。運転したいならアイリスも免許を取るといい。教習所で1000万ゴールドを払って講習を受けるだけ取れるよ」
「1000万!? 私の貯金じゃ全く足りない……」
「今はまだ富裕層の乗り物だからね、自動車は」
「すると、いずれは私みたいな庶民でも運転できるようになりますか!?」
「もちろん。馬車に取って代わるメインの移動手段として普及するはずだ。ま、10年以上先の話だと思うけどね。今は自動車本体を買うだけでも1億くらいするから」
「ひぇぇぇぇー!」
馬車は30万程度で買うことができる。
つまり、自動車1台には馬車300台以上の価値があるのだ。
フリックスの言う通り、普及するのは遥か先のことになりそう。
「さて、見えてきた」
前方に大都市が見える。
石の城壁に囲まれていて、中の建物群も石造りだ。
地面も石畳で、ガーラクランとの差は歴然……というか比較にならない。
比較するならブルーム公国の王都が対象になる。
「おー! あれがロバディナ王国の王都ですか!」
「いやいや、そんなわけない。只の中都市さ。街の名はコルネリオ・ルウ」
「えええ、あれで中都市!? ブルーム公国だと大都市扱いなのに……」
大都市や中都市というのは、街の規模で判断される。
どの程度の規模を「大都市」「中都市」と呼ぶかは国によって違う。
「国力に差があるからね」
「ようこそ! コルネリオへ!」
車が門に近づくと、衛兵が丁寧な口調で話しかけてきた。
きっと高価な乗り物に乗っているからだろう。
馬車だと中を強引に調べられた挙げ句に「通れ」で終わりだ。
「ほえー、すっごい街! これが中都市なんて信じられない……」
街に入るなり私は感嘆した。
まず目を引いたのが道路の整備状況だ。
歩行者用と馬車・自動車用できっちり分かれている。
ブルーム公国では歩道・車道という区別などなかった。
しかも車道は進路が決められている。
そのため逆走はできず、川の流れのような滑らかさで進んでいた。
公国ではお馴染みの渋滞が全く起きていない。
「コルネリオ・ルウの『ルウ』がどういう意味か知っているかい?」
目をキラキラさせて周囲を見る私に、フリックスが話しかけてきた。
街の中なので車の速度はゆっくりだ。
そのため、チラチラと私の顔を見る余裕があった。
「いえ! 分かりません! どういう意味なんですか?」
「実は……」
「実は!?」
「俺も知らん」
「えええええええええ! なんですかそれー!」
「いやぁ、アイリスなら知っているかと思ってな」
「ここはフリックスさんがスマートに解説してくれる流れですよ! それで私が『フリックスさんは物知りだなぁ!』って目をキラキラさせるんです!」
「ははは、覚えておこう」
フリックスが笑う。
愉快気で、いつになく機嫌が良さそうだ。
釣られて笑う私も上機嫌だった。
そして、私たちは目的の店に到着した。
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