第53話
鍵が開く音がして、玄関の扉が静かに押し開けられる。
冷たい外気から、ほんのり温かい室内へと空気が変わる。
その瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。
家に帰ってきたという安心感と、海斗がここまで運んでくれたという事実が、じわじわと胸に広がる。
「二階の、手前の部屋、」
背中に揺られながら、少しだけ声を張って伝える。
階段を上がる音が響くたび、海斗の足取りがしっかりしていることに気づく。
私の体重を支えているのに、まるで気にしていないみたいで。
それが嬉しくて、でもやっぱり申し訳なくて。
部屋、普段から綺麗にしててよかった。
こんなふうに誰かを招き入れることなんて、滅多にない。
でも、今日は違う。
海斗が、私の部屋に入ってくる。
それが、なんだか信じられなくて、少しだけ緊張する。
ゆっくりと、ドアノブが回される。
蝶番の音が静かに鳴って、見慣れた空間が目の前に広がる。
でも、海斗の背中越しに見る部屋は、少しだけ違って見えた。
「意外と綺麗にしてんだな」
意外とってどういう意味よ。
その言葉に、少しだけ笑いそうになる。
「当たり前でしょ、」
反射的に返す。
綺麗にしていたのは、誰かに見せるためじゃなくて、自分のためだった。
ベッドにゆっくり降ろされる。
背中がふわりと布に沈んで、海斗の腕が離れていく。
その瞬間、少しだけ寂しさがこみ上げる。
海斗の体温が、もう感じられない。
「体温計は?」
体調を気にしてくれてるのが、ありがたくて、でも怖くて。
弱ってる自分を、これ以上見せたくない。
「机の上の、ピンクの小物入れの中たけど…」
指をさすように視線を向ける。
海斗が動く音がした。
その間、私はベッドの上でじっとしていた。
心臓の音が、少しだけ速くなっているのが分かる。
彼が体温計を手にして、こちらに戻ってくる。
その姿を見て、胸がざわつく。
数字にされると、隠しきれなくなる。
「もう一回、熱測ってみて」
その言葉に、少しだけ躊躇する。
でも、拒否する理由もない。
海斗の目が、まっすぐで、逃げられない。
「…熱ない」
嘘だった。
自分でも分かってる。
さっきよりも熱があるってこと。
体がだるくて、頭がぼんやりして、喉も少し痛い。
でも、認めたくなかった。
彼に心配されるのが、怖かった。
優しくされると、甘えてしまいそうで。
「ないなら測れるだろ」
その言葉に、言い逃れできなくなった。
海斗は、私の嘘を見抜いてる。
黙って受けとって、そっと脇に挟む。
沈黙の中、秒針の音がやけに大きく聞こえる。
彼の視線が気になって、目を合わせられない。
音が鳴って取り出すと──────
「38.2℃…」
数字を見た瞬間、心臓がぎゅっと縮こまる。
やっぱり、上がってる。
隠していたものが、全部露わになった気がして、顔が熱くなる。
でも、それは熱のせいだけじゃなかった。
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