第51話

「ごめんね」


言葉が喉の奥で何度も渦を巻いて、ようやく外に出た。


言わなくてもいいのかもしれない。

でも、言わずにはいられなかった。


海斗の肩越しに見える景色は、いつもより高くて、少しだけ心細い。


彼の背中は思った以上にしっかりしていて、安心できるはずなのに、どうしても申し訳なさが先に立ってしまう。


自分の体重を預けていることが、どうしても気になってしまう。


海斗は何も言わないけど、きっと重いって思ってる。


自分の存在が、彼にとって負担になっていないか、確かめたくて。


「なにが?」


海斗の声は、振り返らずに、少しだけ首を傾けるようにして返ってきた。


その声が、思ったよりも柔らかくて、胸が少しだけ緩む。


でも、まだ不安は消えない。

彼の優しさに甘えてしまうことが、怖い。


それが当たり前になってしまったら、もし彼が離れていったとき、私はどうすればいいのか分からなくなる。


「重いでしょ、?」


声が小さくなる。


自分でも、何度も同じことを言ってるのは分かってる。


でも、気になってしまう。


彼の背中にいることが、嬉しくて、怖くて、申し訳なくて。


「またそれかよ」


少しだけ笑っているような声。


呆れてるのかもしれない。

でも、怒ってはいない。


「だって…」


言い訳のように、声が漏れる。


本当は、もっと素直になりたい。


でも、こういう時何を言えばいいのか、正解が分からない。


「謝るんじゃなくて、お礼言えよ」


海斗は、私の気持ちをちゃんと見てくれている。


謝ることで距離を取ろうとする私に、もっと近づいてこようとしてくれる。


それが、嬉しくて、怖くて、泣きそうになる。


こんなふうに言ってくれる人がいるなんて、思ってもみなかった。


私の存在を、肯定してくれる人。

私の弱さを、受け止めてくれる人。


「…ありがとう」


小さな声で、でもちゃんと届くように言った。


彼の背中に、そっと気持ちを預けるように。


ありがとう。

背中を貸してくれて。

黙って受け止めてくれて。

何も言わずに、そばにいてくれて。


言葉にした瞬間、少しだけ心が軽くなった気がした。


「いいから。黙って寝とけ」


その言葉に、思わず笑ってしまいそうになる。


海斗らしい。


優しさを隠すために、わざと乱暴な言い方をする。


でも、ちゃんと伝わってくる。

言葉の奥に隠れている本当の意味が。


「うん。ありがとう」


もう一度、言った。

今度は、少しだけ強く。

彼に、ちゃんと届くように。


彼の背中に揺られながら、目を閉じる。


風が頬を撫でて、制服の布越しに彼の体温がじんわりと伝わってくる。


風の音、彼の足音、遠くの街のざわめき。

全部が、今は心地よい子守唄みたいに感じられる。


この背中が、今の私の居場所なんだと思ったら、胸が少しだけ熱くなった。


安心して、眠ってもいいかな。


そう思えるくらいには、今の私は、海斗に甘えていた。

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