【46】ムギとの再会

 私に気づいた怪物は飢えた肉食獣のように涎を垂らし、こちらをジッと見つめていた。 

 そして、怪物がわずかに重心を下げ、魔法を放とうとした瞬間、私は一気に距離を詰め、その鳩尾を蹴りあげた。


「グアァ!!」


 球状の結界を作り、空高く上がった怪物をその中へ閉じ込める。間髪入れず、結界内に仕込んでおいた無数の魔法陣を同時発動させた。怪物は為すすべもなく木っ端みじんに刻まれ、潰され、焼き尽くされる。


「や、やった……」


 呆気にとられる一同の中、私は結界を消し、ムギの言葉を否定する。


「まだよ。こいつは一回殺したくらいじゃ死なない」

「殺しても死なない?」

「ええ。でも安心なさい。私なら殺せるわ」

「あ、そう……ていうか、エリーゼ何やってたんだよ!?」

「あーちょっとね。そういうあなたこそ、フォルトレットとやりあってないの? やけに元気そうだけど」

「ん? あ~殺されかけたぜ。返り討ちにしたがな。俺とラヴィニアの最強コンビで」

「え、返り討ち!? 嘘よ! だってこの私ですら──」

「は? おまえ、フォルトレットに負けたの?」

「……あ、あんなの不意打ちよ! 負けた内に入らないわっ!」

「マジ? 大丈夫?」

「余裕よ!」

 

 いつの間にラヴィニアと手を組んだのだろう。まぁ、子細や経緯がどうであれ、フォルトレットはムギが倒してくれたようだ。彼はいつも私の予想を超えてくる。

 先ほど急に拘束が解け、魔法がまた使えるようになったのも、彼のおかげか。


「余裕か……なんかよく分かんないけど良かったぜ。てっきり俺、見捨てられたのかと思った」

「は? そんなわけないじゃないっ! 私がどれだけ心配したと思ってんの!? あなたがいなくなって私は……」


 話しているうちに、何だか恥ずかしさがこみあげてきた。

 ムギも気色の悪い笑み浮かべ始めたので、私は口を噤む。


「どうした、エリーゼ~! 俺がいなくなって何なんだよぉ~?」

「ちっ……」

「俺が無事で嬉しかったんだな。全くもう、ツンデレ女神ちゃんなんだから! よし、再会のキッスでもするか!」

「しないわ」

「まぁまぁそう言わず──」

「しない。気持ち悪いもの。心の底から気持ち悪い。あーあ、死ねば良かったのに」

「絶対言いすぎだろっ! ツンデレのツンマシマシやめてくれねぇかな!?」


 何だかこの感じも久しぶりで、笑みが零れそうになる。


 すると、既に満身創痍のラヴィニアが涙を拭いて、口を挟んできた。


「おい……モンスターはまだ死んでいないって本当か?」

「本当よ。それに、厳しいこと言わせてもらうけど、あなたや他の有象無象がこいつを倒すのは無謀だわ。仮にさっきの分身を見破っていたとしても、ね」

「……」


 彼女は少しムッとする。


「そんな顔しないで。どれだけ無謀か、これを読めば分かるから」


 空中に灰色の魔法陣を組み、そこから百科事典のように分厚い本を取り出す。


「これはフォルトレットの部屋で見つけた奴の研究資料よ。エラーコード、コードファイブ……mon5terモンスターについてのね」


 近くにいた悪魔族、確かラヴィニアの配下だった者を顎で呼び、資料を手渡した。

 すると、屋根の上にいるムギが、そのすれすれまで体を乗り出してくる。


「でも、エリーゼなら勝てるんだな?」

「ええ」

「俺にできることあるか?」

「ないわ。安全なところに隠れてなさい」

「信じていいんだな?」

「私を誰だと思ってんの?」

「……」


 笑みを浮かべて言葉を返すと、彼も子悪党のように笑った。


 そうして、私の言った通り、mon5terモンスターが復活する。


「グォォオオオ!!」


 まるで初めからそこにいたかのように、五体満足の怪物が私の眼前に出現する。


「さて。ちょっと着いてきなさい。ここだと本気で暴れられないわ」


 衆人環視の中ではあるが、私は気にせず翼を広げ、上空へと飛び立った。そして、街の外へと高速移動する。

 mon5terモンスターは私を追視し、街中を猛スピードで走り出した。


「ギャャ!!」


 初めこそ、猛獣のように追いかけてきていたが、しばらくして奴は目を光らせ姿が消えた。


「この空間魔法……あんた、フォルトレットも食べたのね?」


 一瞬で超至近距離まで詰められて、太い腕で殴られた。凄まじい威力だが、それでもまだ目視できた。必要ないが、受け身も取れる。

 叩きつけられるような速度で斜め方向に落とされるが、上手く足から着地して、だだっ広い草原にスライディングしたような跡ができる。


「一応国外には出られたけど、あまり自然破壊はしたくないわね。もっと荒野の方に行きましょう?」


 踏んでしまった草花を回復魔法で元通りにするが、mon5terモンスターはお構いなしに光の矢を空中から放ってきた。


「光属性……ね」


 矢がこちらに直撃するよりも早く、広範囲を覆うような闇属性の魔法陣を頭上に展開した。銀河のような形の属性弾を放ち、矢もろともmon5terモンスターを飲み込む。いつしか、どっかのイカサマ男がやっていた『ダークカタストル』である。今回は五等級まで上げてみた。


「闇属性以外は無効よ。面白い魔法よね?」


 言葉を発しながら、私はノールックで後方に回し蹴りをした。


「ギュ!」

 

 mon5terモンスターが既に瞬間移動していたからである。

 魔法で強化した私の蹴りを顎へもろにくらい、mon5terモンスターは吹っ飛んだ。翼を広げ、追いかける。


「あんた、フォルトレットを食べたわね? 例の反射結界が張られているわ」

「グア……」

「だけど、まだまだ不完全。穴だらけで全身くまなく覆えていないもの。きっとまだ消化し切れてないのね」


 再度、顔面を蹴り、さらに先へと飛ばす。それでもなお攻撃の手は一切緩めない。


「あんたは捕食によって、相手の魔力と魔法を我が物にできる。それだけでも大分厄介なのに、あんたはもう一つ、あるものを奪える」

「ガァァ!」

「それは命。あんたは、奪った命の数だけ復活できる。本当、奇怪な能力だわ」

「グゲッ……」

「あんたはフォルトレットと共に、魔王軍を滅ぼしたって聞くし、少なくとも数千……数万体の命を有している。そんなの、普通は誰も手に負えないでしょうね」

「ッ……」

「だから、私があんたを殺す。死ぬまで永遠に殺し続ける。ありがたく思いなさい」


 ただ一つ問題があった。それは、mon5terモンスターの能力はきっと私をも殺し得るということだ。

 神である私に生死という概念は無いし、物理的ダメージで消滅させられるということもないが、エラーコードの魔法であれば例外かもしれない。こいつに喰われたら、私も消滅しかねない。

 

 気づけば、既に公国から数十キロは離れていた。結局荒野は見当たらず、鬱蒼とした樹海にて、血だらけになって死んだmon5terモンスターを見下ろす。

 死体は物凄い速度で修復し、飛び起きるように復活した。


「シュゥゥ……」


 呼吸も荒く、巨大な牙も剥き出しにしていて、あからさまに気が立っている様子だ。


「ねえ? あんたまだ本気出してないでしょ? フォルトレットにそう躾けられたのかしら?」


 すると、死角から闇の属性弾が飛んできた。魔法で感知し、それを躱すと、四方八方に気配を感じた。視界にいるmon5terモンスターは赤い目を光らせているが、特に何もしていない。


 どうやらmon5terモンスターの分身がそこら中に控えているらしく、いつの間にか包囲されていた。

 私はこの魔法を知っている。初代と二代目魔王の分身魔法だ。


「……」 


 やはり魔王は死んでいた。こいつに喰われたのだ。そして、こいつはきっと、魔王軍の魔法全てを自分のものにしている。


 魔王とは顔見知りといったくらいで、向こうが私を勝手に崇拝していたというくらいで……正直、そこまで深い思い入れは無い。思い入れは、無いはずなのに。


「良かった。あんたが相手なら……私も心置きなく全力を出せそう──」


 分身らが魔法を放つ。七大属性、全てが入り混じった属性弾を私は余すことなく瞬時に感知する。

 重心を下げ、翼を広げ、地面が抉れるほど蹴り上げた。樹海を縫うように高速で飛び周り、魔法を全て躱しながら、魔法陣から太刀を抜く。加えて雷属性の魔法で、刃に紫電を纏わせる。


「遅すぎるわよ、mon5terモンスター


 数秒とかからないうち内に、周辺にいた十数体の分身の首を斬った。

 最後にオリジナルへと斬りかかるが、そいつだけは私の動きに反応し咆哮した。


「グオォォ!」


 開口し光の塊を生成するが、私の方が一手早い。

 刃がmon5terモンスターを斬りかけた刹那、そいつの姿が光魔法ごと消えた。瞬間移動だ。


「上ね」


 上空からの奇襲を迎え撃つべく、私は地面に土属性の魔法陣を組み上げる。

 そして、そいつの出現と同時に石の槍を伸ばした。避けられるはずもなく、槍はmon5terモンスターの顔面を容易く貫く。


「ガァッ……」

 

 挙句の果てに、自身の光魔法が暴発し、mon5terモンスターは岩と共に爆散した。

 私は地面に魔法陣を展開し、そこに太刀を落とす。刀は音もなく吸い込まれ納刀される。


「五等級で十分殺せるわね。思ったより拍子抜けだわ。全力を出すなんて豪語したけれど、その必要はないかもね」


 地に落ちた肉片は渦を巻きながら収束し、mon5terモンスターが完全復活する。歯を食いしばってこちらを睨み、また目を光らせたので、何か能力を使用される前にこちらから魔法を放つ。


「ギャ!」


 私の属性弾がmon5terモンスターを殺し、復活と同時にまた殺す。害虫駆除のような、単調かつ一方的な殺傷が続いた。

 だが、五十回程殺したところで異変が起こる。


「……?」


 魔法が外れた。明らかに不自然な軌道を描いて、属性弾が明後日の方向へ飛んでいく。しかも、いくら魔力を練っても魔法陣を組めない。

 フォルトレットの魔法だ。魔法を反射する見えない結界と、他者の魔法陣錬成を無効化する魔法。どうやら、mon5terモンスターが彼の魔法を完全に取り込んだらしい。


「私、フォルトレットの魔法って嫌いだわ。何て言うか……相手を負かす魔法っていうより、自分が負けないための魔法って感じで。とにかく狡いのよね。まぁ小細工ばかりの無属性魔法を極めてるって時点で、狡いのは透けてるけど」

「ガアアァァァ!」

「でも、そう何度も同じ手が通じると思わないでね? ほらかかって来なさいよ、mon5terモンスター。私はもっとシンプルに行くわ」


 闇夜に、mon5ter《モンスター》の双眸が赤く光った。私はかざしていた手を下ろし、翼を大きく広げた。

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