【23】チェックイン
エアルスを照らす恒星が西の空に沈み、魔界の街も夜となる。
「申し訳ございませんお客様。人属様の無料宿泊プランをご利用の場合、お部屋は当店の方で選択させていただく形となります」
「そうですか。まぁ何だっていいですよ。お任せします」
受付のお姉さんは再度頭を下げ、カウンターに置かれた冊子をめくり空き部屋の状況を確認する。
この国にヴェノムギアの手がかりがあろうとなかろうと、やはり寝床は確保しなければならない。
なおエリーゼは、『私に睡眠という概念はないから宿なんて取る必要はないのだけれど』とか『チェックイン? 分からないわ。言い出しっぺのあなたが全部なさい』とか宣うので、俺は今一人で部屋を取っている。
「あの」
「はい」
お姉さんはセミロングの茶髪を耳にかけ、視線を下に落としたまま返事をした。
「この国の人って、みんな魔族が嫌いなんですか?」
「はい?」
「あ、実は僕、結構遠い国から来てるんですけど、魔界って今こんな感じなんだぁって思って……奴隷制とかがっつりあるし」
「……」
お姉さんは冊子から顔を上げ、俺の顔を凝視する。眼鏡越しに見える彼女の瞳はうっすら青い。
「……おかしなことを仰いますね。この国に限らず、魔族は長年人類の敵ではありませんか?」
「そ、そうですね。でもほら、ちょっと可哀想だなって……」
「魔族が、ですか?」
「えっと……はい」
するとお姉さんは椅子にふんぞり返り、大きな溜息をついた。
「君、相当なお坊ちゃん? それともド田舎出身?」
「え?」
「平和ボケしてんのか、物知らずかって聞いてんの」
「さぁどうでしょう……」
お姉さんは眼鏡を置き、胸ポケットから細いタバコを取って咥え、魔法で着火し、片手間に冊子をめくりながら、美脚をカウンターに乗っけた。
「元ヤンかい……」
「文句ある?」
「ありません」
「はあぁ~、いるんだよね。公国の魔族奴隷制を批判する奴。大体、魔界とは遠い地域に住んでて、魔族による実害を受けたことのないようなバカが口挟んでくんの。暇かよ!」
「はぁ……実害ってどんな?」
「あ? そんなの人食いに決まってんだろ!」
「え? 魔族って人食うんすか!?」
「食うだろ! 何も知らねぇな?」
マジかよ……超恐いんだけど魔族。
「てか君は何なの? パパとママがあっち系の活動家なの?」
「違いまーす」
「じゃあ何? 虐げられている魔族は僕が助けなきゃ、ってヒロイズムに浸ってんの!? ダサ!」
お姉さんは煙草をスパスパしながら眉をひそめる。
「ちっ、あいつもそうだった! 魔族と共存すべきだとか抜かしやがって……でも私もそんなあいつが好きだったから、有り金叩いて買った奴隷も全員解雇して逆プロまでしたのに! 結局、君とは一緒になれないとか……」
「あいつって?」
「元カレだよ!」
「あぁ」
お姉さんは吸いかけのタバコを灰皿に置き、卓上から足を下ろして喚き散らす。
「うわあああん! どうしてぇ!? 九年も付き合ったんだよ? 去年、公国に越してきて同棲までしてたのにぃ! 愛してたのにぃぃ! 私の九年返せよぉぉ!」
「……」
「ううぅ……お客様、こちらのお部屋でよろしいでしょうか?」
「え、うわっ、ちゃんと探してた……仕事できるなぁお姉さん」
涙ながらに彼女は部屋の間取りが載ったページを提示した。やや広い。右下に『四~六人用』と書かれている。
「あの、家族連れじゃないんですけど」
「か……家族? うるさいっ! 私は家族になれなかったんだよっ! 殺すぞ!」
「えぇ……」
「なんですかお客様ぁ~!? わたくしの提示したお部屋が気に食わないとでも!? う、ぐすっ……あんたも私を拒否して──」
「あ~いいですいいです! ここで!」
お姉さんは涙ながらに、部屋の鍵を卓上に叩きつけた。
溜息をついて、それを手に取ろうとしたら、誰かに割り込まれて横取りされる。
「悪いけどその部屋、僕らが借りるよ」
「え?」
そこには三人の男女がいた。男が女二人を侍らせている。全員、魔法使いのような身なりで、男は黒、女は白のローブを羽織り、杖も持っていた。
鍵を横取りしてきた男は、歌のお兄さんみたいな黒髪の爽やか系である。
「ちょっと抜かさないでくださ──」
「別にいいでしょう? 他を借りれば」
何だこいつ。話通じねぇ。
ま、いいか。実際、部屋広すぎだったし。譲るか。でも、ムカつくからあとでこいつらの食事に鼻クソぶち込んどこ。
「お姉さん、他の部屋あります?」
「あ……その部屋がラストでした」
「えー」
男は、鍵についたリングを指にはめクルクルと回す。
「観光客かな? 駄目だよ? ある程度綺麗なホテルに泊まりたいってんなら予約は事前にやっとかなきゃ。今、公国には各所から魔法使いが集ってんだから」
「そうですか。でも予約を取ってないのはおたくも同じ……だよなぁ!?」
「おっと渡さないよ」
「くそ」
隙を突いて奪い返そうとしたが普通に躱された。
すると、男の後ろにいた赤髪ツインテールのミニスカが前に出てくる。こちらの頑張り次第でパンツが見えちゃう短さだ。
「あんたさ、ここは私らに譲りなよ。彼の顔、知らないわけじゃないでしょ?」
「知らん。順番守れ」
「うっそ……どんだけ田舎者なの?」
「はぁ? 田舎じゃありませ~ん。都民で~す」
二十三区外だけど。
「トミン? どこだし!? てか、もうよくない? 私らは魔族の残党狩りのために召集された上級魔法使いなんだよ?」
「残党狩りぃ?」
「そう。だから譲れよ!」
「やだ~」
「このっ──」
先に水晶みたいなのがついた杖を彼女が構えた瞬間、つり目のお姉さんが制止する。
「やめなさい屋内で。ホテルの方にも迷惑ですよ」
「……」
ミニスカは杖を下ろし、つり目さんは胸をなでおろす。
「ねぇ君、魔法は使えるの?」
「魔法? 使えないけど」
「そうよね。全然、魔力を感じないもん。こんなに才能無い人、逆に珍しいわ」
「……」
「申し訳ないけど、この国では魔族よりも人間が優遇され、人間よりも魔法使いが優遇されるの。だから魔法を使えない君が、魔法使いの私たちに逆らっちゃ駄目。そうでしょう?」
つり目は、受付の元ヤンに目配せすると、ええまぁ、と彼女は気の抜けた返事をする。
「何だよそれ……」
「もしこれ以上拒むなら法的措置も視野に入れなければならないのだけれど、どうする?」
「ほ、法的措置」
異世界であんま聞きたくない言葉出てきた。しかし、こいつらと法廷で会いたくないな。ミニスカばかり見てしまいそうだ。
すると、鍵を持ったまま男が背を向け歩きだす。
「そういうこと。じゃ僕らは行くよ」
ミニスカが小ばかにするような笑みを浮かべ、つり目は軽くお辞儀をして、彼についていく。
「待てぇ!」
「はぁ……まだ何か?」
男は立ち止まり、煩わしそうに振り向いた。
「それなら、もしおまえらより強い魔法使いがいれば、その人が優遇されるのか?」
「君さぁ、悔しいのは分かるけど、僕らより優秀な魔法使いなんて滅多にいないよ?」
「はいはい普通にいるからね。そこで待っとけ」
「な……!」
腕を大きく振り、彼女を呼んだ。広いロビーの隅にある水槽とにらめっこしている。
「エリーゼェ! 来い、エリーゼェェ!」
彼女は顔を向けたが、すぐにまた水槽の方に目を向けた。
「む、無視すんな! 来いよ! ていうか来て! 来てくださ──」
「何よ!? 用のある方から来なさい!」
「んもぉぉぉ!」
早足で俺は彼女の元へと近づく。水槽には十数匹の熱帯魚が泳いでいる。
「おまえそれ見てて楽しいか?」
「楽しいわ。あ、ティッピーがうんちした」
「勝手に名前つけて、うんちを実況するな」
「で、チェックなんとかは終わったの?」
「チェックインな。ちょっと来てくれ。あの魔法使い連中が俺をいじめるんだ」
「いじめ?」
すると、エリーゼは彼らに目を向けた。というか、たぶんミニスカ女を見ている。
「……あなたが何かしたんでしょ? めくったの? 覗いたの?」
「めくってねぇし、覗いてねぇよ! いいから来いって!」
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