【18】無人島

 水平線の彼方に、眩い光を放つ恒星が沈みかけていた。その輝きは、私の知る夕日よりも赤みが強い。

 対して、ウミネコの鳴き声や、頬を撫でる波風は異界の地でも変わりなく、私は救いを求めるように目を閉じた。


「──知華子。夕飯できたってよ」

「……」

「今日の当番、神白達だからあんまり期待できないけどさ。とりあえず食べよ?」


 あかねちゃんだ。振り向かずとも声で分かる。

 スカートについた砂を払いながら、私は浜辺から立ち上がる。自分が少し泣いていたことに気づいて、指でサッと目元を拭いて振り向いた。


「泣いてたの?」


 鋭いなぁ、茜ちゃん。

 

「……泣いてないよ」

 

 あえて堂々と顔を見せてみる。ショートボブでクールな雰囲気の女の子と視線が合う。


「目ちょっと赤いし」

「それはほら……寝てたから」

「はぁ、別にクラス委員長だからって強がんなくてもいいのに。こんな状況、誰だって泣きたくなるんだから」

「でも、茜ちゃんは泣かないじゃん」

「私はね。涙腺ないから」

「そうなの?」

「冗談に決まってるでしょ。ほら早く行くよ」


 背を向ける彼女に駆け寄り、横につく。


「泣いてたって言わないでね?」

「言わないよ。面倒くさい」


 例の転移により、私たちのグループはどこかの無人島に飛ばされていた。島に来てから、夕日が沈むのを見るのは今日で四回目だ。一日の時間は、地球のそれと大差ない。また、島に危険な生き物はいないし、周辺の気候も安定していた。みんなのスキルを上手く使って最低限の衣食住も揃えることができた。割と文化的な生活を営めている。


「──あ、来た来た! 委員長、ご飯できたよ!」


 広い浜辺にて、十人強の学生が集まっている。

 テレビゲームの中から飛び出してきたようなドット柄の椅子が、同じくドット柄のテーブルの周りに配置されており、既に何人かはそこに腰かけ談笑していた。

 そのうちの一人、クラスで最も大柄でちょっぴり老け顔の男子、等々力とどろき君が私に気づいた。


「何してたの?」

「え、いや別に何も……」


 茜ちゃんの方を見る。彼女はアイコンタクトでそれに答える。

 だが、もう半分くらい夕飯を食べ終えている神白君が、焼き魚にかぶりつき言うのだった。


「泣いてただろ」

「えぇ!?」

「図星か。分かりやす」


 しかし、どうでもよさそうに彼はまた魚を齧る。代わりに、隣席にいた長髪で派手な女子がからかってくる。


「委員長かわい~」

「……」


 あぁ、新妻にいづまさんか。髪色がいつの間にか黒から金になっていて、一瞬誰か分からなかった。

 すると、神白君が卓上で誰も手を付けていない様子の大皿を取り、新妻さんに言う。


茉莉也まりや、これ食えよ。サラダ」

「サラダ? てか、この野菜何?」

「レタスとトマト。諸星もろほしがスキルで作った奴だから新鮮だぜ」

「それは分かるし。じゃなくて、白い芋虫みたいなやつ」

「芋虫だけど?」

「は……マジ!? キモッ! ちょっと近づけんな!」

「ハハハッ! ほら食えぇ!」

「マジでないから! 本当キモい!」


 彼女は席を立ち、私の方へ駆けてくる。


「委員長助けて!」

「えぇ!」


 神白君も面白がって、まだ生きているらしい芋虫を一匹掴みこちらに来る。


「委員長食う?」

「く、食わないっ!」

「なんでだよ。ほら」


 神白君はニヤニヤしながら芋虫を近づけてくるが、新妻さんが私を盾にするものだから逃げられない。

 すると、等々力君が前に出てきて大きな体で彼の前に立ちふさがる。


「やめろよ。嫌がってるだろ」

「あ? なんだよ。おまえが食うか?」

「結構だ。いい加減にしろよ」

「ちっ……ノリ悪っ」


 ばつが悪そうに彼は持っていた芋虫を海に投げ捨てた。


「おい、どうしてそんなこと──」

「うっせぇ! トド!」


 そして、彼は隅の方の席に座っている男子を呼んだ。


瀬古せこ!」

「……え?」

「俺の部屋できたんだよな?」

「え、あーできたよ。言われた通り……それなりの広さになってると思う」


 瀬古君のスキルは『工匠ブロック』。多種多様なブロックを組み合わせて物作りができるスキルだ。ここの椅子やテーブル、食器まで全て彼が作っている。


「あっそ。じゃ部屋いくわ」

「うん……」


 その場を離れようとする彼を呼び止める。


「待って! 夕飯の後は、みんなでこれからどうするか話し合うんでしょ!?」

「ふん、そんなの一つだろ。あの転校生を見つけて俺のカードを取り返す。全員協力してもらうからな?」

「勝手に決めないでよ。それに彼が盗んだ証拠もないし……」

「いやいや、あいつに肩を組まれる前まで、俺は確かにカードをポケットに入れてた! あいつがすったに決まってる!」

「……」


 麦嶋君ならやりかねない気がして言い返せなかった。申し訳ないけれど。

 すると、茜ちゃんが腕組みしながら聞き返す。


「見つけるって言うけどどうやって? 唯一、人探しができそうな月咲つきさきさんのスキルでも見つけられなかったんだよ? いや、正確には人探しではないんだっけ?」


 そう問いかけると、おかっぱ頭の華奢な女子……月咲さんが答えた。やや長めの前髪から、茜ちゃんを覗くように見ている。


「うん。スキル名が分かれば、そのプレイヤーカードがどこにあるか分かる。人探しじゃないね。でも確かに見つけられなかったかなぁ。この星のどこにあっても位置情報を検索できるはずなんだけど……」

「それって、お昼にやったんだよね?」

「うん。一応また探してみよっか」


 神白君が舌打ちをした。


「あいつだけ転移してないんだろ。だから月咲のスキルでも反応しないんだ。やっぱり黒幕だ」


 麦嶋君がカードを盗んだ前提で、しかもあまりに早計なその推理に、茜ちゃんが鋭い指摘を入れる。


「本当に黒幕なら人のカード盗んだりしないでしょ。もう少し頭使ったら?」

「は?」

「彼がカードを持っていたとしても、たぶんかなり特殊な場所にいると思う。ヴェノムギアが言うには、彼だけ意図的に場所を選んで飛ばしたみたいだし。位置が特定できない理由もそれだろうね」

「だ、だとしても見つけんだよ! 聞き込み調査とかして片っ端から──」

「どこを? 星全体を? 月咲さんのスキルで世界地図見たよね? “エアルス”って呼ばれてるらしいけど、地球と同等かそれ以上の大きさなんだけど? 闇雲に探してたらどれだけ時間がかかるか」

「う……」


 完全に説き伏せられた神白君を見て、新妻さんが私の背から顔を出し、人差し指を立てる。


「しぃー! アホは黙っててね~!」

「おまえな……!」


 その時、私はあの仮面が話していたことを思い出し、最悪の可能性が頭をよぎる。


「……それでもやっぱり麦嶋君は探さないと」

「…………」

「ヴェノムギアが言ってたじゃん。麦嶋君が最初の脱落者になるかもしれないって。たぶん凄く危険な場所に飛ばされたんだよ!」


 神白君が鼻で笑う。


「はっ、何言ってんだ。委員長が見捨てたんだろ?」

「それは……」

「あいつを見捨てて、委員長が俺たちのグループを選んだんだ。それに、あいつの生死なんて知るかよ。勝手に死んどけ」

「そんな言い方──」

「俺はな! このわけわかんない状況から生き残って、家に帰れりゃそれでいいんだよ! その可能性を上げるにはスキルがいる! 俺だけ丸腰なんて冗談じゃねぇ! だからカードを取り返す! それだけだ!」


 悔しいが彼の言い分には一理あった。

 あの時、最終的に麦嶋君を見捨てる判断をしたのは私だ。本当にどうかしていた。


「……分かった。それなら私が一人で彼を探す。みんなはここに残って。全員で動いたら目立つし」


 すると、茜ちゃんが私を止めようとする。


「一人って……そんなの無謀だよ!」

「大丈夫。何とかする」

「大丈夫じゃない! 知華子のスキルじゃ人探しもできないし、ヴェノムギアに見つかったら何もできず殺されるよ!?」

「……」

「落ち着いて知華子! 彼を見捨てたのはあなただけの責任じゃないんだから!」


 神白君が眉を顰め、半笑いで水を差す。


「は? なんでだよ? 悪いのは全部委員長──」

「あんた本当うるさい……これ以上、知華子を追い詰めるようなこと言うなら私が許さない」

「な、なんだよ七原ななはら。マジギレじゃん……ウケるわ」


 茜ちゃんは自身のカードを手に持ち、鋭い眼光で彼を睨みつけた。

 先日、全員でお互いのスキルを確認している。ゆえに、茜ちゃんの極めて強力な能力もみんな知っているわけで、一瞬にして場が静まり返った。


「──あ」


 張り詰めた空気を打ち破ったのは、月咲さんだった。


「あれ違うか……ごめん。あ、いや違くないかも? あ~あ? あぁっ!」


 スキル『知恵の実スマホ』によってプレイヤーカードを超高性能スマートフォンにできる彼女が、その画面を見ながら唸っている。


「……どうしたの?」


 私が問うと、月咲さんは顔を上げ、画面をこちらに見せながらマイペースに言うのだった。


「麦嶋君いたかも~」

「えっ!? 嘘!?」

「嘘じゃないよ。ほら」


 彼女は席を立ち、『知恵の実スマホ』を砂浜に向ける。

 すると、薄暗くなった浜辺に光が照射され、プロジェクターみたいに画面が映し出される。


「えぇっと、このちんまい浮き島の赤点が私で~、北側のこれ……“カロラシア大陸”だって。ここにほら」


 彼女の指し示す位置には青い点があり、その横には『餓鬼大将ビッグジー』と言う表記があった。


「俺のスキルだっ!」


 神白君がいち早く反応した。

 彼のスキルも一応聞いていたが、改めて酷いスキル名だなぁと思ってしまう。


「見て。ちょっと動いてるでしょ~? たぶん誰かが持って移動してる。麦嶋君とは断定できないけど」

「いやあいつしかいねぇだろ! あの野郎ぉ!」


 麦嶋君、やっぱり盗んでたのかな。


「……」


 茜ちゃんが優しく背に触れてきた。麦嶋君が生きているかもしれないという安堵と、彼への罪悪感で涙がこみあげてくる。しかし、私は涙をこらえ皆に呼びかけた。


「……ヴェノムギアはこうも言ってた。上手くいけば麦嶋君はこのゲームの“ジョーカー”になるって。それが一体何なのか分からないし、今になって急に位置情報が出たのも謎だけど、それもこれも本人に会えば解決すると思う!」

「…………」


 私は一人、手を挙げる。


「彼と合流するのに一票だよ! みんなはどうする?」


 茜ちゃんや神白君はすかさず手を挙げた。


「まぁ手がかりがあるなら私も賛成かな」

「当然行くだろ。あいつ、ただじゃおかねぇ!」


 彼らに続き他の皆も手を挙げるのだった。黒尾くろお君たちがいないとはいえ、このクラスがここまでまとまったのを私は初めて見た気がする。


「……決まりだね。私たちの当面の目標は、麦嶋君と合流すること! 行こう、カロラシア大陸へ!」




◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆




『女神編』終了です。

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