女神編
【5】俺と女神と白チンパン
いつまでも目が覚めないでほしいと思うことがたまにある。
それは決まって寝不足の時だとか、エッチな夢を見た後だとか、マラソン大会当日の朝だとか……大体そういう時だ。
でも今回は違った。てんで違う理由で俺は覚醒を拒んだ。
「──あ~起きたなぁ? どうだぁ具合はぁ?」
白い毛並みの猿? 猿特有のシワシワ顔が眼前にあった。
「……」
「おいおい今起きたろぉ? なぜ目を閉じる?」
「これは夢だ。夢だ」
「夢じゃねぇ、現実だ。さっさと起きろ」
「うぅ~夢だぁ……」
瞬間、そいつは俺の股間を掴んだ。
「ふえっ!?」
「俺の握力はゴリラ以上だ。夢かどうか試してみるか?」
「え、あ、あぁぁ! 夢じゃない! 起きた! 完全に起きたっ!」
勢いよく上半身を起こすと、自分が楕円形のベッドに横たわっていたことに気づく。
そして、白い毛並みの猿がいる。いやこいつチンパンジーか? 白チンパンは白衣のポケットに両手を突っ込んだ。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
「胸椎はどうだ? 痛いか?」
「キョウツイ? えっと、痛い所は特に」
段々意識がはっきりしてきて、先ほどまでの記憶を取り戻す。
「あ、そういえば背中痛くない!」
「俺の回復魔法で治したからな。頭を垂れて感謝しろ」
「あぁ、ありがとうござい……ていうか、何でチンパンジーが喋って──」
「チンパンジーじゃねぇ! 俺様には『アダム』という立派な名前があるんだ!」
いや知らねぇし。
辺りを見回すと、そこは薄暗い石造りの部屋だった。赤く上品な絨毯に木製の本棚、今は使われていないが暖炉もある。
「えっとアダムさん」
「敬称も敬語も不要だ。で、何だ?」
「ここって……」
「城の中だ。さっき外から見ただろ」
「あぁ、モンサンミッシェル!」
「モン……なんだそれは? 違う。ここはエリザベータ様の居城だ」
「エリザベータ様ぁ?」
「我が主であり、世界の創造主、女神エリザベータ様だ。あのお方がおまえを眠らせ、城に連れてきたのだ」
俺を眠らせた? てことはまさか、あの銀髪が……女神?
「──およそ七十時間。やっと起きたみたいね」
そこへ例の女が部屋の扉を開けて入ってきた。アダムは慌てて跪く。
間違いない。俺を殺そうとした女だ。
「エリザベータ様。治療は早期に完了したのですが、この者、疲労困憊していたのかやけに眠りが深く──」
「たかが二等級の催眠魔法でそんな長時間も意識を失うとは思わなかったわね。魔法耐性が貧弱すぎるわ。それよりもアダム、私のことを“女神”なんて聞こえのいい呼び方で紹介するのはやめて頂戴」
「しかし」
「不愉快だと言っているの。やめなさい」
「も、申し訳ございません」
女は、部屋に置かれたアンティークなロッキングチェアに腰かける。翼を折り畳み、偉そうにふんぞり返った。
「どうも、私はエリザベータ……
「……」
「あんたには色々聞きたいことが山積みなのだけれど、一番気になるのはどうやってここに来たのか、ということに尽きるわ」
「……」
「ねぇ聞いてるの? ちょっとアダム。あなた、翻訳魔法かけたのよね?」
彼は頷く。
そういえば、女の言葉が分かるようになっている。アダム含め、彼女らの発する言語は聞いたこともない。しかし、それでもなぜか意味がスッと頭に入ってくるのである。
「……聞こえてる。意味も分かる。逆に俺の言葉は分かるのか?」
訛りのない俺の日本語に、彼女は平然と答える。
「分かるわよ。ていうか聞こえていたのなら返事くらいしなさい」
「あぁ」
「で、どうやってこの星に来たの? えっと、神白だったかしら?」
「神白?」
エリザベータは神白のプレイヤーカードを持っていた。
「あんたのじゃないの?」
「いや、それは神白からくすねた物だ。写真付いてんだから俺のじゃないって分かるだろ。俺は
「あっそ。人間の顔なんて全く興味ないから気づかなかったわ。そもそもガキなんてどれも同じ顔でしょう? 違う?」
「違うわっ!」
「まぁ何だっていいわ。さっさと私の質問に答えなさい」
この傲慢極まりない女の言いなりになるのは癪だったが、またさっきみたいに殺されかけたら溜まったものではない。
一呼吸置き、俺はここまでの経緯を話した。
「──で、気づいたらここにいて、あんたに襲われた」
「ふ~ん、別の世界ねぇ。信じ難い話だけど、強ち嘘ってわけでもないのかもね」
エリザベータはプレイヤーカードを見ながら気の抜けた返事をした。
「おい。なんでいきなり襲ってきたんだよ?」
「誰が質問していいなんて言ったの? あんたはただ私の質問にだけ答えてればいいのよ」
「はぁ?」
「それで、どうしてズボンを下ろしたのかしら?」
エリザベータはアダムに目配せする。
「既に確認しましたが武器らしきものは隠し持っていませんでした」
「そう。なら、あの行動は何の意味があったの? 答えなさい人間」
捉えようによっては武器と言えなくはない。言うなれば凶器である。
なんて冗談はさておき正直に答える。
「不快感を与えたかった」
「不快感?」
「どうせ死ぬなら、嫌な気持ちにさせてやろうと思って……」
「呆れたわ……あんた馬鹿なの?」
「馬鹿じゃねぇ! 他にできることなかったんだよ!」
すると、アダムが口を開く。
「城から見ていたがあの場にはゴールデンレトリバーの子供がいた。なぜそのスキルとやらで彼を戦力にしなかった?」
「子犬が戦力になるか。怯えてて可哀想だったし、怪我しちゃうかもしれないだろ。そんなことできるかよ」
「……自分が死ぬことになってもか」
「うん」
「……」
しばしの沈黙が流れ、エリザベータが席を立つ。
「このカードは預かっておくわ。少し調べる」
部屋を出て行こうとする彼女は扉の前で立ち止まり、こちらに顔を向けないまま言葉を発した。
「なぜ襲ったかって聞いたわね?」
「ん、あぁ」
「それは人間が憎いからよ。人間は一匹残らず死ねばいいと心の底から思ってる」
刺すような冷たい言葉を発し、彼女はドアノブに手をかけた。
「……じゃあなんで俺を殺さなかったんだ?」
「……」
ドアノブをひねる彼女の手が止まった。だが、すぐに扉を開けて、俺をあしらう。
「マックスを助けてくれたから。その借りを返しただけよ──」
そのまま彼女は部屋を後にした。
「マックスって?」
腕を組みアダムが回答する。
「例のゴールデンレトリバーだ」
「え、まさかここの動物全部に名前つけてんの?」
「当然だろ。大型哺乳類から昆虫、植物、微生物まで、この星に存在する生命全てにエリザベータ様は名前を授けている。ありがたいことだ」
「え~変な奴」
「何だとぉ!?」
小学生の頃、算数ブロックとかいう麻雀牌みたいな謎のブロック一つ一つにお名前シールを貼ったのを思い出す。
「ところでさ、俺以外の人間って来てないの?」
「さっき話してたクラスメイトのことか?」
「うん」
「ここに転移してきたのはおまえだけだ」
「俺だけ?」
「ああ。この星全土には常時、感知魔法がかけられているから侵入者がいればすぐ分かる」
アダムは窓の方に顔を向け、目を細める。
「おそらく他の連中はエアルスだろうなぁ」
「なんて?」
窓の向こう、果てしなく遠い空の先には、地球に似た青い惑星が見えた。
「惑星エアルス……人間や魔族が蔓延る星だ」
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