第五十九話 土地神

「なんかさ、典型的な悪者って感じ?」

「まぁ、ああいう奴等はどいつも同じだよ」

「あの様子だと、お兄ちゃんの事は忘れちゃってるんだね」

「確かにな。ここの所、絡まれる事は少なくなったのにな」

「お兄ちゃんってば、一部ではすっごい有名人だしね」

「嬉しくねぇけどな」


 威嚇され、挑発されても、二人は泰然としていた。それもそのはず、一般人が武術の達人とも言える冬也に敵う訳が無いのだ。何人も数を揃えようとも、如何に妙な能力を持っていたとしても。


 ただ、その態度は彼等の逆鱗に触れる。顔を真っ赤にして怒りを露わにした男の一人が、鉄パイプを振りかざして冬也に迫った。

 

 冬也が無為に暴力を振るう訳がない。暴力に対して暴力で応えても意味が無い事を、よくわかっているからだ。

 故に、冬也は振り下ろされた鉄パイプを左手で受け流し、そのまま拘束すれば良いと思っていた。

 しかし、鉄パイプが冬也の左手に触れた瞬間、ぐにゃりと曲がり腕に巻き付いていく。


「はぁ?」


 流石の冬也も少し驚いたのだろう。普通に考えれば、鉄はゴムホースの様にグニャグニャとは曲がらないのだ。

 少しの間、自分の腕を凝視していた所に隙が生じる。男は勢い良く膝蹴りを繰り出そうとした。しかし、そんな攻撃を食らう冬也ではない。左足を上げて膝蹴りを受け止めた後、右の拳で素早く鳩尾を打ち抜き、男を昏倒させた。


「おいおい、鉄パイプが曲がるなんて見た事もねぇぞ!」

「いや、お兄ちゃん。それが能力ってやつなんでしょ?」

「うるせぇ! よくもやったな!」

「出た出た、悪人のセリフ。反撃されて勝手に倒れたくせに」

「おい、これ以上は挑発すんな!」


 冬也の言葉は虚しく響き、男達は激高した様に顔を真っ赤にして襲ってくる。そして、そこからは冬也の独壇場だった。


 相手が放つ火を躱すと、顎を打ち抜き失神させる。一瞬姿を消して冬也の間合いに入った男の後ろに回り込み、わき腹を強打し昏倒させる。

 十人程は居ただろう男達は、あっと言う間に冬也に伸されてしまった。


「なんか、おかしいぞ」

「みんな変な事して来たから?」

「そう。その能力ってやつだよ」

「三日前に突然増えたんだっけ?」

「何が起きたんだ?」

「三日前なら、私達も知ってておかしくないよね?」

「そうだよ。テレビで初めて知ったんだし」


 冬也は、暴力沙汰に巻き込まれる事が多かった。その結果、とある界隈では「手を出すな」とも言われていたはず。ペスカは学校の人気者だ。他校でもそれは知られている。この連中にしてもそうだ。自分達を知らない様子だった。


 しかも、これは自宅近くの出来事だ。何かしらの因縁が有って冬也を狙っていたのなら、道を塞いで待ち構えていたのも理解が出来る。しかし、彼らの目的は冬也じゃなかった様にも見える。


 空の話も完全には理解は出来ていない。寧ろ、信じられないと言った方が正しい。突然と現れた能力者、空の事は知っているのに自分達を忘れている人々。だが、現実を目の当たりにすれば、信じざるを得ない。

 夢でも見ているのか、そんな気分にすらさせられる。ただ、まごう事無き現実なのだ。いくら頬をつねっても、目が覚めるはずが無いのだ。


「冬也さん、警察には連絡しました。って……」


 電話に集中して、冬也が見えてなかったのかも知れない。空は、男達が倒れ伏している様子を見て、呆気に取られていた。


「空ちゃん。取り合えず、ここを離れよう」

「え? だって警察は呼びましたよ」

「俺が居ると面倒な事になる」

「私も事情聴取とか嫌だな」

「取り合えず公園は止めて、神社に行くか」

「その方が隠れやすそうだね」


 そう言うと、ペスカは空の手を取り走りだす。冬也もまた、その後に続いた。少し走ると、神社が見えて来る。そんな時だ、ペスカと冬也は呼ばれた様な気がした。


「お兄ちゃん呼んだ?」

「いや、空ちゃんじゃないか?」

「私は何も?」

「じゃあ誰だ?」


 予定通りに三人は、神社の鳥居をくぐる。神社の鳥居を抜け境内に入ると、外とは違う静謐な空気を感じ立ち止まる。空は静謐な空気に触れ、圧倒された様にたたずんだ。

 尚も、ペスカ達を呼ぶ声は続く。それは拝殿からでは無く、本殿から聞こえる様な気がした。


「何だろ? 神様が呼んでたりするのかな?」

「ペスカちゃん。戻ろうよ。何か怖いよ」


 好奇心で奥へ進もうとするペスカを、空は怯えながら引き留める。


「何だか行かないと駄目な気がするんだよな~。空ちゃん。何かあったら俺が守ってやるから安心しろ」

 

 冬也は空を安心させる様に優しく語り掛けると、ペスカと共に空の手を引いて、本殿に向かい歩き始める。


 拝殿を迂回すると本殿が直ぐに見える。三人が本殿に近づくと異変が起こった。本殿の中が輝き出す。そして本殿から、光の塊が飛び出した。

 光の塊は、大きさを増していく。それと共に、空気は痛い程に張り詰める。唐突に空は気を失い、倒れかける所を冬也が支えた。


「大丈夫? 空ちゃん、しっかり!」


 ペスカが声を掛け、空の意識を取り戻そうとする。そして本殿から飛び出た光の塊は、段々と人の形を成して行く。

 冬也は、ペスカと空を庇う様に、人間を模した光の塊と相対する。ペスカの呼びかけに答えて空は意識を取り戻すが、顔を青ざめさせて震えていた。


「其方らだな、奴を連れてきたのは。以前の女神は害を成さぬ存在故見逃したが、今回は見逃す訳にはいかぬ。其方らが責任を持って処分せよ」

「あんた誰だよ。俺の可愛い妹とその友達を、怯えさせんじゃねぇよ」


 冬也の言葉に反応し、人間を模した塊から光が強く溢れる。光を浴びて、再び空は気を失う。ペスカは意識を保ち、空を支えていた。冬也は二人を守る様に両手を大きく広げ、光の塊を睨み付けている。

 

「混血だけあって、我が神気に耐えうるか。そこの娘もそこそこの力を持っている様だな」


 冬也はペスカ達を少し見やると、光の塊に近づきながら言い放つ。


「誰だって聞いてんだよ! こっちは、ムカつく野郎に散々ボコられて、イライラしてんだ。ぶっ飛ばすぞコラ!」

「お兄ちゃん、落ち着いて。駄目だよ、神様に喧嘩売ったら。多分あれここの土地神様だよ」


 光の塊は顔をしかめて呟く。


「そっちの小娘は少し話がわかる者の様だな。確かに我はここの土地神だ」


 冬也はペスカの言葉で少し立ち止まるも、土地神を睨み続けている。


「その土地神が何の用だよ。いいか少しでも動いてみろ、ズタボロに引き裂いて消滅させてやるぞ」

「お兄ちゃん、神様を脅さないで。土地神様は、取りあえず神威を解いて。空ちゃんが倒れちゃってるでしょ」


 土地神は冬也の威圧に少し怯えた様子で、神威を収めた。


「なんと言う子供だ、神を脅すとは……。まあ良い。其方らが連れて来た異界の神に、我らは大層迷惑しておる。これは、其方らの責任だ。其方らの力で解決せよ」

「土地神様って、何言ってんの? 理解できるお兄ちゃん?」

「さっぱりわかんねぇ。そもそも、異界の神だか何だか知らねぇけど、神様の事なら、神様同士で決着つけろよ! 人間に押し付けんじゃねぇよ!」


 土地神の表情は、更に険しくなる。しかし、ゆっくりと息を吐く様にし、落ち着きを取り戻すと、冬也に問いかけた。


「そこの混血。先ほどの言葉を思い出してみよ。其方はいったい、いつ誰にやられた?」

 

 冬也は首を傾げる。道中で襲って来た連中の事ではない。一方的に制圧した。それなら誰にやられた? なぜ自分はそんな事を言った? 記憶に無いのだ、答えられるはずがない。


「いや、そんな気がしただけだよ。悪かった」


 頭を下げる冬也に向けて、土地神は言葉を続けた。


「どうやら記憶に齟齬が有る様だな。これでは埒が明かぬ。少し待て」


 土地神が手を叩くと、先ほどの強い光では無く、柔らかな光が冬也とペスカを包む。しかし光が収まっても、土地神の表情は険しいままであった。


「随分と強い力で改変された様だな。我が力でも及ばぬ」

「はぁ? さっきから意味がわかんねぇぞ」

「仕方ない、何か有れば力を貸してやろう。困った事があれば、我が社を訪れると良い」


 そう言い残すと、土地神は光と共に消える。ペスカと冬也は、顔を見合わせた。


「結局あのおっさん、何が言いたかったんだ?」

「わかんないけど、神様をおっさん呼ばわりは駄目だよ」

「でも、俺達の知らない所で何かが起きてて、それに俺達が巻き込まれてるって事は理解したぞ」

「おぉう。いつに無くお兄ちゃんが冴えてる」


 ペスカと冬也の抱える違和感は、消えるどころか膨れ上がる。空が語った自分達の失踪。土地神が語った異界の神。漠然とした不安が、二人を包んでいた。

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