第二十話 ペスカと海獣大決戦

「今日は釣りをしよう、お兄ちゃん」

「釣りは良いけど、道具はどうすんだよ!」

「そんなの準備万端だよ」

「おぉ、やるじゃん」

「所でお兄ちゃんって、お外大好きっ子の癖に、あんまり日焼けしてないよね」

「それな」

「もしかして美白星人?」

「なんだよ、その怪しげな宇宙人は!」


 朝起きたら、ペスカが釣りをしようと言ってきた。冬也は昨日の噂をすっかり忘れて、釣りを堪能する気になっていた。

 久しぶりの釣りだ。餌は何を使えば良いんだろう、どんな釣り方が良いのだろう。せっかくの海釣りだ。磯でも充分に楽しいだろうけど、せっかくなら船を出した方が満喫出来るはずだ。


 そんな事を思い浮かべながら朝食を済ませ、冬也は軽い足取りで、ペスカを先導する様に港へ向かう。しかし、ペスカの行動は冬也の斜め上へいっていた。


「釣りって言ったら、船釣りとか磯釣りを思い浮かべるだろ!」

「だから船を容易したじゃない」

「何でこんなに船がでけぇ~んだよ!」

「大は小を兼ねるんだよ。お兄ちゃんは格言とか知らないの?」

「それにしたってデカ過ぎだろ! これはもう戦艦だよ! どっから持って来たんだよ!」

「乙女の秘密を、暴いたらいけないんだよ」

「戦艦持ち出す乙女なんて、居ねぇ~んだよ!」


 港に着いた二人を出迎えたのは、巡洋戦艦サイズの巨大な船であった。しかもその船には、巨大な大砲が幾つも搭載されていた。そんな戦艦を目の前に、冬也は暫く口をぽかんと開けていた。


「なぁ、この世界に大砲なんて有ったのか?」

「有るよ。私が発明したんだもん」

「これもかよ」

「マナを充填すると、魔法が飛び出るんだよ」

「ペスカお前、これで何を釣りに行くんだよ?」

「ほら、昨日漁師のおっちゃんが言ってたでしょ。ヤバイのが出るって」

「はぁ? これは釣りってより、戦争じゃねぇかよ!」

「釣りは戦いなんだよ、お兄ちゃん」

「おぉ! かっけぇ! っていやいや、馬鹿じゃねぇのか!」

「馬鹿じゃないよ! 討伐だよ!」

「いや、もうやってらんねぇよ」


 一体どれだけの物を発明したと言うのだ。地球の歴史に名を残す程の大発明家と、肩を並べたと言っても過言ではあるまい。流石に冬也も暫く言葉を失うしかなかった。

 どれ位の時が経ったのだろう。呆ける冬也を催促する様に、ペスカから声がかかる。


「お兄ちゃん、何時までボケっとしてるの? 立派な海の男になれないよ」

「ならねぇよ。なる気もねぇよ! それにこれじゃあ、海の男ってより海兵じゃねぇか!」


 意気揚々と船に乗り込むペスカとは対照的に、冬也は力無く肩を落とす。しかし、既に被害が出ているなら放って置く事は出来まい。冬也は渋々といった様子で船に乗り込んでいく。


「それで、何するんだ?」

「これで、湾外をウロウロして、出てきた所を一本釣り!」

「例のデカい奴をか? なんか他に情報はないのかよ」

「いや~。それが何も。まぁ当たって砕けろだね」

「砕けんなよ! 駄目だろ! 船員さん達に謝れ!」


 そうは言っても、街のど真ん中に銅像が立っている様な有名人に向かって文句を言う者など、この街には存在しまい。

 船員達は黙って戦艦を出航させる。そして戦艦は、流石に海戦兵器だけあって進む速度も速かった。

 途中、「ヨーソロー」と艦内放送で叫ぶペスカを冬也がお仕置きしつつ、あっという間に数少ない目撃証言のあった場所へと辿り着いた。


 目標海域に到着しても、直ぐに異常は起こらない。段々と飽きて来たペスカが、艦長ごっこと称し「イエスマム」と、冬也に言わせて遊び始める。そして皆が油断し始めた頃に、それは現れた。


 突然に海がボコボコと泡を立て始める。それは徐々に海面に広がっていく。そして噂の化け物が海面から姿を現した。

 一本、また一本と触手が海面から出てくる。それから徐々に本体らしきものが顔を出す。それはイカの様にも見えた。例えるならダイオウイカであろうか。ただ、ダイオウイカより遥かに大きく、乗って来た戦艦を優に超える巨体であった。

 完全に海面から姿を現した頃には、二十本程の足を出しうごめいていた。しかも大型の魚類でさえ一飲みにしそうな位に、胴体のほとんどが大きく裂ける口で占めていた。

 その醜悪さは、語るまでもないだろう。


「あれってクラーケン? グロ!」

「ペスカ、呑気にしてる場合じゃない。来るぞ!」


 クラーケンの胴体が完全に海面から出ると、海面は大きく波打つ。それは巨大な津波となって戦艦を呑み込もうとしていた。


「全員、衝撃に備えろ!」


 先程まで遊んでいたのが嘘の様に、素早くペスカが指示を出す。そして船員達が波の衝撃に耐え様と、近くにある設備にしがみ付く。

 戦艦は津波を上からかぶり大きく揺れる。あわや転覆かと思われたのも束の間、戦艦はギリギリで津波を耐えていた。

 最早、魔法としか言えない奇跡を起こし、凪が訪れようとしている。その瞬間だった。ペスカから攻撃命令が艦内中に響き渡る。


「前門照射よ~い。てー!」


 ペスカの合図と共に、何本もの大きな光の矢が発射され、クラーケンに突き刺さる。ダメージを与えたのだろう。クラーケンは「キュギ~ェ~」と甲高い音を立てて、海面上でのたうち回る。クラーケンが暴れる度に、海面は大きく波打ち船は大きく揺れた。 


「二射目よ~い。てー!」


 連携ミスと言えば、その通りである。ペスカは船の揺れなど一切気にせず、砲撃の命令をだす。船員達は近くの壁等に取り付いて揺れに耐えている為、攻撃態勢を整えられない。

 それでもペスカの命令に従い、懸命に発射管にしがみついて、砲弾を発射する。しかし、船体が大きく揺れているせいか、狙いが定まらない。光の矢はクラーケンには向かわず、天へと消えていく。

 その隙を突いたのか、キュギ~ェ~と甲高い音を立てて、クラーケンが船の右側に回り込む。そして、何本もの触手を船に絡ませようとしていた。


「いや~。キモイ~。おに~ちゃん」

「そう言われても、おぇ。もう無理、※※※※※※※※※」

「おに~ちゃんが役立たずに~」


 大きく揺れまくる船に、冬也の三半規管は悲鳴を上げていた。そして、朝食がキラキラと輝き、海へと帰っていく。


「砲撃手、何してる! 取りつかれるな! 冬也陸曹、シャキッとせんか!」

「陸軍じゃねぇし、※※※※※※※※※」

 

 弱弱しく突っ込む冬也に比べ、ペスカは目が爛々と輝いていた。巡洋艦に乗り込んで指揮をするなど、軍事オタクからすれば垂涎ものだろう。仮に軍事オタクではなくても、胸躍る瞬間には違いあるまい。


 接近したクラーケンに、副砲からの攻撃が続く。思いのほかクラーケンは強靭の様で、小口径の副砲ではダメージを与えられない。当然、近接距離で主砲を使えば、クラーケンに命中した後、どんな影響が出るかわからない。

 

 やがて、クラーケンの触手が船体に絡みつき、船体がミシミシと音を立て始める。揺れは止まらず、触手は船を締め付け壊そうとしている。これ以上、クラーケンの攻撃を受けると沈没する。そんな時に、ペスカが動いた。


「でっかい銛で、一本釣り~!」


 それはやはりペスカだからとしか言いようがなかった。ペスカの周囲でマナが膨れ上がった瞬間、クラーケンと同じ位は有る大きな銛が出現した。

 ペスカはそれをクラーケンに向かって放り投げる。銛は、クラーケンに深く突き刺さり、海面はクラーケンの、おびただしい血で染まっていく。

 

「更にもういっちょ~!」


 ペスカが先ほどよりも小さい銛を、何本も魔法で作り出しクラーケンに投げる。クラーケンは、激しくのたうち回った後、やがて息絶えぷかぷかと海に浮いた。


「ヴィクトリー!」


 ペスカが雄叫びを上げた瞬間、ガン! と鈍い音が響きペスカが蹲った。


「ペスカ! もう少し安全な方法にしろ!」

「お兄ちゃん、実は元気? でも突っ込みがちょっと変?」


 更に、ゴン! と鈍い音と共に、とうとうペスカの涙腺から涙があふれ出た。


「全員を危険な目に合わせるな。反省しろ!」

「ごべんなざい」


 冬也が叱るのも無理はない。

 船員達は、余りの揺れに船内を転がり回り、怪我をしている者もいる。果てやクラーケンの締め付けで、船倉の一部に亀裂が入り、大慌てで修復作業をしている。

 いざ戦闘になれば、巨大生物と戦えば多少なりとも被害は出るものだろう。単にペスカが、無計画であったと責められはしない。それに、ペスカとて遊び感覚では、決して他人を巻き込まない。

 ならば、討伐方法を考えろと、冬也は伝えたかったのだ。無論、終始役立たずの冬也に言える台詞ではないが。


 帰りは、ペスカが魔法で作りだした大きい網で、クラーケンを引っ張りながら、ゆっくりと帰港する事になった。そしてペスカは、ぐすぐすと鼻を啜っていた。


 帰港すると、巨大なイカの化け物が水揚げされる、前代未聞の事態に、港は大騒ぎになった。しかし、流石はマーレの漁師達である。どんどん解体され、市場へ運ばれて行く。かつて無い大量の水揚げに、マーレの市場は沸き立っていた。

 その日の夜、マーレに異例の祭りが開催され、イカ焼きが飛ぶように売れる事になる。


「なぁペスカ。あれ売るのか?」

「そうじゃない?」

「あれ食えると思う?」

「無理! お兄ちゃんは?」

「俺も無理!」

「もう、二度と海釣りはしねぇ」

「私も」


 その後、マーレの町長に感謝を述べられ、二人は苦笑いを浮かべる。海の怪物討伐に沸き立つマーレの街と、相反する様に項垂れる二人であった。

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