第十一話 冬也の特訓生活

 ペスカの正体を知らされた翌朝の事、冬也は侯爵邸の庭を借りて体を動かしていた。掛け声と共に拳を突き出し、蹴りを繰り出す。それは父から学んだ『複数の格闘技をミックス』させたオリジナルの型であった。

 毎日の様に繰り返し行って来た理由は、父から命じられたからではない。己の力でペスカを守る為、それに尽きる。しかし、先日の戦いでは『ペスカを守る』どころか『ペスカに守られた』のだ。


「足りない、まだ足りない。こんなんじゃあいつは倒せない」


 異世界に来た事を知り、ペスカの真実を知った。その中でペスカが何故に自分を連れてこの世界に戻って来たのか。その理由も薄々は感づいた。

 具体的にはわからない。しかし、今のままではペスカのやるべき事に、自分は足手纏いにしかならない。

 この異世界には魔法が有る、それを自分も使える。だけど威力は充分じゃない。小さい動物は倒せても、あの化け物には通用しない。

 あの戦いで、ペスカに守られた事自体は単純に嬉しかった、問題はそこではない。自分の力だけでは手も足も出なかった事、もっと言えば鍛えた拳が一切通じなかった事が大問題なのだ。

 何の為に鍛えてきた、何の為に力を求めた、それはペスカの危機を救う為だ。その力がペスカに劣るのであれば、いざという時に守る事は出来ない。


 冬也の中では化け物を倒した瞬間を思い出していた。そして、自らの身体全体にマナを流した。

 何故こんな事が自分に出来るのか。今はそれを考えまい。それよりもこの世界での戦い方に適応する事の方が大切だ。


 そうしてマナを纏わせた拳を振るう。風がブンと起きる。マナを身体に纏わせると、より早く、より強く拳を振るう事が出来る。そうやって、いつもの型を発展させる様に体を動かした。

 先ずはあの化け物と対等に戦える体を、それからあの化け物を圧倒出来る威力を。そうして汗が噴き出すのも忘れて、型の訓練を行っていた。

 

 それから数刻も過ぎた頃だろう、後方から声が聞こえて振り返る。そこには未だ寝ぼけ眼の、ペスカが立っていた。


「お~! お兄ちゃん、かっこいいね~」

「ペスカか、何してんだ?」

「起きたらお兄ちゃん居ないし、探してたんだよ」

「そっか、ごめんなペスカ」

「それより、お腹すいたよ」


 ペスカに言われて気が付けば、もう日は高くまで昇っている。どの位の時間、型の訓練をしていたのだろう。自分の体を見回すと、シャツはべっとりと身体に張り付いており、髪の毛もぼさぼさになっていた。

 そして一息つこうとした冬也は、ふとした事に気が付いた。


「ペスカお前、今起きたんじゃないよな?」

「ま、まさか、まさかだよ。まさかり担いだ金太郎だよ」

「何くだらない事言ってんだよ。夜更かしは駄目っていつも言ってるだろ! 兄ちゃんの言う事聞けないやつには、お仕置きだからな」

「い~や~! おに~ちゃんの汗でびちょる~」


 冬也のグリグリ攻撃が、ペスカの頭に容赦なくさく裂する。本日は、汗付きの大サービスだ。ペスカは涙目になっていた。


「う~。乙女にする事じゃ無いよ! わかってるお兄ちゃん? セクハラ大魔王!」

「だれがセクハラ大魔王だ! でも飯にすっか。俺も腹減ったよ」


 クラウスからは、自由に屋敷を使っていいと言われている。ペスカが声をかけるだけで、メイドが走って来る。こんな時だろう、いつもとは異なる環境にいるのだと気が付かされるのは。


 博物館かと思わせる様な調度品の数々、ホテルかと思わせる様な部屋の多さ。そんな豪邸を管理するには、流石に人手が必要なのは誰でもわかる。

 しかし、執事やメイドに屋敷の管理を任せている人は、地球上にどの位の数が存在するのだろう。それこそ冬也とは縁が無い世界だ。それが、眼前では当たり前の様に行われている。

 

 メイドに案内された先には、既に着替えが容易してある。「身体をお流しします」と恭しく傅かれる。流石にそれは遠慮したものの、風呂自体もユニットバスのそれとは違い、銭湯位のサイズは有る。

 ただ、そんな事を一々気にしていては、こんな豪邸で一日足りとも生活は出来まい。そうして冬也は、その一切を気にしない事を決め込み、大きな風呂を堪能した。


 汗を流した後は、ペスカと二人で遅い朝食を取る事になった。二人で使うには大きすぎるテーブルの片隅を占領し、メイドが運んで来る日本食に似た料理を口に運ぶ。


「相変わらず旨くねぇな、この日本食もどき」

「私、納豆嫌い。お兄ちゃん食べて~」

「やだよ、兄ちゃんも嫌いだし」

「ところで、お兄ちゃん。ご飯食べたら特訓ね」

「なんの?」

「なんのって馬鹿なの? お兄ちゃんって、私を誰だと思ってるの? これでも魔法の大家なんだよ」

「そっか、賢者とか何とか言ってたっけ、マジだったんだ」

「まだ信じてなかったの? お兄ちゃんってバカ? 変態?」

「バカはともかく変態じゃねぇ~よ」

「バカは認めるんだ!」


 食事が終わると、二人は再び中庭に戻る。汗を流しスッキリした上に腹も満たされ、冬也の準備は万端だ。それに対しペスカは、両手を腰に当て胸を反る様にして、鼻息荒く声を大にする。


「貴様が訓練兵か。何をちんたらやっている。早く並べ」

「可愛い声で言っても、似合わねぇよペスカ」

「貴様ぁ、俺の事は教官と呼べ! ハイは一回! わかったか!」

「はい!」

「気合が足りん、わかったか~!」

「うるさい!」


 ゴンと鈍い音と共にペスカは蹲る。そして頭をさすりながら、うぅーと恨めしそうに冬也を睨む。


「雰囲気が大切なんだよ。何事も形からだよ。お兄ちゃん」

「良いから本題に入って下さい。教官殿」


 冬也にせっつかれ、ペスカは魔法の説明を始めた。


「い~い、お兄ちゃん。前にも言ったけど、魔法はイメージを具現化した物なんだよ」


 科学と魔法の違い、それは創造の過程が物理的で有るか否かだ。


 同じ現象が起きたとしても、魔法では『マナを使ってイメージした物を現象化』させる。その為、細かな理屈が理解出来ない場合は、仮に具現化してもイメージ通りの効果を起こさない場合が有る。よって魔法を使う過程では、イメージをより具体的にする必要が有る。


「兄ちゃん、わかんないよ。もう少し簡単な説明をしてくれよ。教官」

「仕方ないな~。森で少しやったでしょ? 火を出すやつ」

「あれは、お前が見せたアニメを、イメージしたんだけど」

「普通はね。酸素と熱、それに可燃物が無ければ、燃焼は起きないの。でも、魔法の場合は、熱と可燃物の代替えとして、マナを使うんだよ」

「難しい事を言うなよペスカ」

「お兄ちゃん、理科の実験を思い出してよ。理論的な解釈が出来なくても、魔法は使えるよ。でも、精度と威力が段違いなんだよ」

「それじゃあ、化け物を倒した時に出た風は?」

「あれは、私がこっそりとサポートしたからね。お兄ちゃんが自分の体を強化したのは、及第点だけど」

「わかった様な、わからない様な」

「まぁ、お兄ちゃんは実戦でやった方が良いかもね」


 どれだけ説明しても、いまひとつ冬也は理解に欠ける様だった。仕方なく最初は、実際にペスカが魔法を放ち、それを模倣する訓練方法に落ち着いた。


 ペスカは、炎、風だけでなく、水、土等、様々な物を利用した魔法をどんどん繰り出していく。冬也は見た現象を再現できる様に、必死になって魔法を放つ。


 だが、冬也は既に森の中で、魔法を使用してモンスターを倒している。その為、慣れも早い。少しすると、ペスカの魔法を真似る訓練ではなく、ペスカの指示したイメージ通りに、魔法を放てる様な訓練にシフトして行った。


「違う。お兄ちゃん、もっとイメージをしっかり」

「こうやってこう! 何でわかんないかな~」

「もっと先を細くする感じ。そう! 良いよ!」


 次々とかけられるペスカの言葉に、真摯に従い冬也は魔法の訓練を続ける。ひたすら、魔法を放ち続けた。日が沈みかける頃、冬也の疲労はピークを越え倒れ伏した。


「あ~マナ切れだね。今日はここまで。お疲れ様お兄ちゃん」


 冬也は声もだせず、軽く手をひらひら振った。


「お兄ちゃんの進化をお楽しみに! また来週!」


 見た事も無いほど、疲れて倒れこんでいる冬也を見ると、ペスカはにやりと笑う。お仕置きと称しされた日頃の鬱憤を晴らしつつ、冬也を鍛える計画の成功にペスカは大満足であった。

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